旅する空

九里 睦

プロローグ

 闘技場は、静まりかえっていた。


 彼――プレイヤーネーム【バースデイ】が見下ろす先には、白銀に輝く武具を纏った男が蹲っている。

 その男が、光の粒となって消えた。


 瞬間、油鍋に水を入れたように観客が沸く。誰も彼が勝つとは思わなかったのだ。



 ここはSIOシオと呼称されるあるVRMMOの世界ランク決定戦決勝の場。

 このゲームでは、強さはほぼ金で決まる。

 近年のゲームでは大なり小なりその傾向があるのだが、このゲームではそれを隠しもせず、どんと正面に晒していた。

 運営に捧げる課金の額に応じてプレイヤーの能力が強化されるというシステムを採用しているのだ。


 プレイヤーの技術や装備も強さに影響するものの、課金による強化値の差が千を越えればキャラの能力が目に見えて変わってくるため、それによって技術や装備でその差を埋めることは至難だとされている。


 ましては、重課金者が装備を整えないわけがない。従ってあまり多くを運営に捧げられないものは、己の技術のみで理不尽な差を埋める他なかった。


 この、運営に奉納する代わりに恩恵を得るような異様なシステムにより、5桁に迫る差を埋めたというようなプレイ動画は、SNSのトレンドに乗るほど注目を集め、神に逆らった英雄として讃えられる。


 そしてこの闘技場の荒ぶるような歓声も、それと同様のものだ。


 しかし、彼と決勝を共にした白銀の男のとの差が異様だった。


 試合開始時に強化が為されると同時、その強化値がプレイヤーの頭上に表示されるのだが、彼の強化値は186,700

 対し相手の強化値は――501,007だ。


 倍で済むようなものではなかった。観客の誰もが、白銀の男のワンサイドゲームで終わると確信していただろう。だがそれを、【バースデイ】は打ち破って見せた。観客の熱気は、止まる事を知らない。


 このゲームにおいて、強化値は攻撃、俊敏、防御力、スタミナ等殆どのステータスに反映されるが、唯一HPのみその恩恵を受けない。

 いままで5桁に迫るほどの強化値の差を覆してきたプレイヤー達の間では、対高強化特化といえる聖騎士でのキャラ育成を行い、高速高火力の攻撃を、HPを1残すガッツで耐え、瀕死状態から放つことのできるスキル、【起死回生の一撃】を高いプレイヤースキルによって命中させるという戦法が定石であった。


 しかし、この方法では5桁を超える差を覆すことができない。理由は単純である。相手の動きに追いつけず、必殺の【起死回生の一撃】を命中させることが非常に困難なのだ。

 さらに、強化値に差があれば、そのスキルで倒し切れないという事も起き得る。かといって強化値の差を埋めるため、自身のキャラを強化すれば防御力も上がり、相手がHPをガッツの有効範囲から外すために行うHP削りが容易になってしまうという雁字搦め。

 その壁が、強化値5桁の差というものだった。


 今回、【バースデイ】が使用したキャラは吸血鬼。

 固有スキルに、スタミナを一定値消費することで行える「ダッシュ」時に身体を霧と化し、またその一瞬の間は無敵判定となる【霧化】。相手に傷を負わせることにより僅かではあるが持続ダメージを与える【吸血】という2点があるキャラだ。

 通常ならば、ソードマスターや魔術士などの他のキャラによるDPS(単位時間ごとに与えられるダメージ量)に同強化値を持つ吸血鬼キャラの持続ダメージ込みDPSが劣るため、固有スキルの一つが死んでいる不遇キャラとされていた。


 しかし、彼は今回それを覆したことになる。


 強化値は1万を超えるとそのために必要な課金額も跳ね上がるものの、同様にそれ未満とは一線を記す強さとなる。それが聖騎士にとって防御力を上げ、ガッツを困難にしてしまうという要因であり、相手の動きに付いていけなくなる要因でもあった。


 今回彼が示して見せた、吸血鬼による無敵時間と持続ダメージを利用した戦法は、彼らに光明を与える結果となったことは違いない。

 だがそれと同時に、長時間相手の当たれば必殺となる一撃を避け続け、一方的に持続ダメージを与え続けることの困難さも示された。


 紙一重で躱される吸血鬼特攻の武器による白銀の【剣嵐撃】、それを縫うよう、刺すように交わされる【吸血】の攻撃。それに要求される技術はいかほどのものだろうか。

 それを讃えての、凄まじい歓声だった。


 観客の中には、どこに所属しているプロだ? 未所属ならうちがスカウトを……などと考えている者もいた。

 まぁ、彼には関係ないことだが。



 【バースデイ】はその歓声に手を振り応じ、闘技場の奥へと消えていく。

 この大会の賞品を運営から受け取る為だ。


 この「賞品」は……異様なシステムを採用しているSIOが、闘技場に多くの観客を動員することとなった一旦であり、世間を沸かせた要因である。

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