第5話 無気力な夢

 そこはこれまでとは違う何とも言えない雰囲気を醸し出していた。

 インナースペースと言うべきなのか。その場所に具体的な物はなく夢のような世界だった。


「ここは……?」

「ここは無名の国、いや無名の世界と言ったほうがいいかな?ちょっと異質な場所だけど別に危険なことはないよ?寧ろ心地が良いかも!」


 相変わらずのテンションで話すマイン。今の俺には本心を隠している仮面のようにしか見えなかった。


「それで、俺はどうすればいい?」

「最後のゲームは……これ!」


 目の前に出現したのは個体でも液体でもない何か。具体的に言い表せずむず痒い不快感を感じる。

 

「最後の君のゲームは、このソウルと会話をする」


 それまでと同じを使ったゲーム。だが今回は夢に向かって導く訳でも、生きる為に助言する訳でもない。ただ会話をするだけ。


「あぁもちろん、さっきみたいなエグいことは起きないからそれは安心してね?」

「当然だろ、またあんなの見せられてたまるかってんだ」

「そんなカリカリしないでよ、楽しく行こっ?ではゲームスタート!パンパラパーン!」


 始まる。最後のゲームが。


(マインは言った、このゲームに答えが隠されていると……なら絶対に見つけてやる)


 それまでのネガティブな感情を決意の糧とし気を引き締める。


『ようこそ』


 突如響き渡る声。それは間違いなく目の前の魂の声だが何故か温かみを感じ俺の心は安心感を抱いていた。


『久しぶりの客人で嬉しいよ、君の名前は?』

「……ハヤト」

『ハヤトというのか、姿は見えないけど悪い人ではなさそうだ』


 見た目の不気味さに対してフレンドリーな口調のギャップが不信感を煽る。


「貴方は一体何者なんだ?何でこんな場所に……」

『無気力である罪だ』

「えっ?」

『私も元々喜怒哀楽があった何処にでもいる普通の生き物だったんだ、毎日遊んで何かに熱を注いで親からの愛情を受けて』

「なら何故こんな場所でその姿に?」

『夢を……持てなかったから』

「夢?」


 穏やかな口調に徐々に陰りが見え始める。怒りではなく悲しみが含まれているように感じた。


『大人になれなかったと言うべきかな、私は小さい頃の何も考えずにただ楽しいことをしていくのが忘れられなかった、年が経ってもずっとそれが続くと信じていた、だがそれは禁忌、大人になる為には夢や目標を何かしら持たないといけない、そんな事をしていたら気づいた頃にはこの姿にされてこの世界に閉じ込められた』

「まさか……持たなかったという理由だけで!?そんな理不尽な……」

『それが私が生きた世界のルール、そのルールを責めようとは思わない、自分自身の怠慢が原因で起きたことなのだから』

「……」


 夢。目標。俺が前に生きていた世界で散々言われた言葉。聞くだけで不快感が心を包む。


『カケル……と言ったかな?君に何か趣味はあるかい?』

「俺?俺はゲームしたりアニメ見たり、小説読んだりとか……ははっしょうもないですよね俺の趣味」

『何を言ってる良い趣味じゃないか!』

「えっ?」


 こんな事を言うと毎回「意味もないことをするな」と罵倒されるだけ。今回も同じようなことを言われるかと思いきや目の前の魂から返ってきた返答は肯定を示す言葉だった。


『ゲームやアニメは冒険心や創作の心を刺激してくれる!小説は語彙力や想像力を豊かにさせてくれる!いい趣味だ!』

「いや……無理に褒めなくても」

『無理なんかしてない、この世に無駄な趣味なんて存在しない、全てにおいて意味を持ち自分自身の能力を高めてくれる!』

(無駄なことはない……)


 本当に無気力だったのかと疑うほどポジティブで明るい魂。その言葉は俺の心に安堵を与えている。


『だからこそ夢や目標は持った方がいいんだ』

「っ……夢なんて必要ない、楽しいことの邪魔なだけですよ」


 よき理解者かと思った矢先の夢を持てという言葉。これじゃあの大人達と変わらない。


『もちろん無理にとは言わない、それに夢を見つけるのはにだ』

「能動的?」

『例えば君がゲームが好きならゲームの仕事に就くのを目標にする、それだけじゃない何か日常生活の中で魅力的に感じたことを目標として考える』

「日常生活の中で……」

『ここからは私の推測だが、君は夢自体を嫌っている訳ではない、されていること、そしてを嫌ってる』


 もし同じ事を大人に言われたら「分かったこと言ってんじゃねぇよ!」と俺は歯向かってたと思う。気持ちも考えない上っ面な言葉だから。


『強制して追い詰められて……それでも夢を見つけられない自分に嫌気が刺して、それを夢というモノに変換して今をどうにか生きてる、劣等感に目を背けて』

「……負け犬ですね俺は、自分が駄目なのに目を背けてグダクダ生きて、勝手に出来る人間と比べて落ち込んで、今思えば間違ってたのは俺だった、だからろくな夢も持てない」


 客観する。そして自覚する。自覚するからこそ悲しくなってムカついてくる。何でずっと何も出来なかったのかって。


『始まりはそこからだと思う』

「始まり?」

『自分の無力や無知を知る……弱さを知ってこそようやくスタートラインに立てると私は信じている、私はそれが出来なかった』

「スタートって……今からどうやって始めればいいんですか?ろくな夢も持たずに18年も無駄にしてる」

『見るのは過去じゃない、未来だ、これからの未来をどうやって生きていくか、どんな人生を歩みたいか』

「……俺は変われるんですか?」

『もちろん!始まりに早いも遅いもない』


 話していく度にポッカリ開いていた心が埋まっていく気がする。欠けていた透明なピースが姿を現す。そして全て繋がる。


(っ!まさか……)


ーゲームクリア、おめでとうごさいますー


「っ……!」


 これまでとは違う祝福を祝うビジョン。無機質だった機械の声も不思議と柔らかく感じた。


congratulationおめでとう


 相変わらずの笑顔で迎えに現れたマイン。讃える拍手と共に。


「やったね最後の最後でゲームクリア!さすがだよ~!さてでは元の世界に戻ろうちょっと待ってくれ」」


 帰る前にお礼を言わなければいけない。


「ありがとう、えっと……魂さん、貴方のおかげで俺は」

『私はただ助言しただけ、切り開いたのは君自身の力だ、くれぐれも私みたいにはなるなよ?』

「……あぁなるもんか」


 本当に僅かな時間。だが心が共鳴していたと思ってる。 


「さっ、もういいかい?では帰ろう、そしてようこそネバーランドへ」






 







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