第3話 嫉妬の勇者
「いだっ!」
壁に叩きつけられた痛みが身体全身に走る。周りを見ると先程までの平野とは違い中性ファンタジーのような町並みとなっていた。
「いって……これは転移したのか?」
「その通り!ここが君がプレイする最初のステージだよ」
「名前は勇者の国!道行く人を見てみて」
自分の目の前を横切る生き物は人型でありながらまるで犬のような獣をしている。
「これは亜人……?」
「ん~まぁそんなとこかな、ここに住む住人は皆こんな見た目をしてる」
「そしてこの国で理想とされているのは誇り高き勇者!日々鍛練して勇者になろうと日々努力してるのさ♪」
RPGにありそうな世界観に純粋にゲームを楽しんだいた子供の頃のワクワク感を思い出す。
「なるほど、てか俺は何をすればいいんだ?俺も勇者になるのか?」
「いや違う、君にはある1人のキャラと5分ごとに話していればいい」
(話す?)
マインが指を鳴らすと1人……いや1匹の子犬のような生き物が出現する。
「ルールは簡単、この子を一人前の勇者に育ててくれればいい、名前はロイ!」
「5分ごとに1つ歳を重ねるから寿命が尽きるまで、まぁ16年くらいかな♪」
「それまでに勇者にしてあげてね!君の言葉が彼の運命を決める、ではゲームスタート♪パンパラパーン!」
「ちょ!?」
細かい説明を聞こうとしたがマインは一方的に説明を終えた後に消えてしまいゲームが開始してしまった。
(あいつ……まだ聞きたいことあったのに)
「やぁ!」
「うぉっ!?」
目の前の白い生き物がこちらに向かって元気過ぎる声で挨拶してくる。
「僕はロイ、将来はこの国で立派な勇者になるのが夢なんだ!」
ーロイが貴方に会話を求めていますー
ロイの自己紹介と共に目の前に機械的な文字のビジョンが写る。
(話せばいいのか?どうする……ここは前向きなことを言った方がいいよな)
思考を巡らせ自分なりの最適だと思う答えをロイに投げ掛ける。
「そうなんだ、頑張って君なら立派な勇者になれるよ」
「うんありがとう!」
ー会話に成功しましたー
ロイは太陽のような笑顔となる。
その純粋な瞳は昔の自分を思い出す。
(なるほど、こうやっていくのか)
その一連の流れを見てようやくこのゲームの内容を理解する。マインの言う通り、言葉の干渉でロイを一人前の勇者に育てあげていく。
___________
「勇者に必要なのって何だと思う?」
「そうだな、どんなことにも怖がらず真っ直ぐと挑む勇気かな」
「勇気……分かった!」
あれから30分が経った。既に勇者の国の時間軸では6年が経過し、小さくか弱かったロイも日に日に成長しており勇者になる為に剣を振り鍛練を行う。
ゲームのはずだが今のところは前向きな言葉を投げ掛けるだけの作業のような状況が続いている。特に変わった変化などはない。
(楽勝じゃないか?)
ゲームをプレイすればいいと言われということはクリア出来ないほどの難易度なのかという疑念が頭の片隅に過っていたが、案外拍子抜けな内容だ。
既に俺の心は勝利に包まれている。
(あと10年、ロイがこのまま勇者に行ってくれればゲームクリアか)
だが今思えばこれが俺自身の満身だった。
「ねぇ……僕、また勇者の試験で落ちちゃったんだ……」
「えっ?」
ロイが8歳になった年、彼の口から出たのはネガティブな内容だった。いつもの明るい笑顔はなく曇りのような陰湿な表情に染まっている。
「僕の友達だともう勇者になってる子もいるの、他の皆もいい成績を残して先生に褒められてる、でも僕だけは今でも先生に怒られて成績も中々伸びないんだ……」
「ねぇ僕は勇者になれるのかな?」
ーロイが貴方に会話を求めていますー
どう対処すればいいのか分からない。それまではロイの目指す夢を肯定し前を向ける言葉を話せばそれで大丈夫だった。だが今回は状況が違う。
(えっと……これは励ませばいいのか?)
「そ、そんなことないよ!君は才能があるけどまだそれが開花してないだけ、いずれは君の友達のように勇者になれるよ」
「本当?」
「あぁ俺が保証する」
「……分かった!よしっ頑張るぞ!」
ありきたりな励ましの言葉だがそれでもロイはいつもの笑顔を取り戻す。だがこれ以降ロイとの会話は沈んでいくだけであった。
「ねぇねぇまた先生に怒られてたんだ……また勇者になれなかった、僕と同じ年に入った子は皆もう勇者になってる」
年が経つごとにロイの身体は成長するが顔から笑顔は次第に失くなり発せられるのはネガティブで陰鬱な内容のものばかり。どんな言葉を投げ掛けても元気を取り戻すことはなく次第に応じなくなる。
「もう嫌になってきた、僕は才能がないんだ、だから皆に負けるし勇者になれない」
「だ、大丈夫だよ!今はスランプなだけもう少し頑張れば勇者になれるよ」
「その言葉は聞き飽きたよ、そう言われて何度挫折したと思う?」
「っ……」
的を得た反論に言葉が詰まる。思い返してみればそうだ。迷いを覚えた頃からの励ましの言葉は似たり寄ったりの浅はかで下らない内容。
ロイに甘えていたのかもしれない。何事にも明るく前向き、悪く言えば深く考えず信じてしまう。そんな性格を利用していた。そしてその怠慢な考えのツケが今自分に回ってきたのだ。
(どうすれば……なんか言い方を変えた方がいいのか?)
どうにか軌道を戻そうと5分間の中で思考を巡らせる。しかしロイの心は混沌に飲まれていき堕落の一途を辿る。
「もうやだ」
「えっ?」
12になった年、遂にロイは剣を捨てた。陰鬱な雰囲気に似合わない高らかな金属音が石の地面に響き渡る。その行動はこれまでとは上気を逸しており危機感を覚えた自分は直ぐ様、対話を行う。
「ロ、ロイどうしたんだ?」
「もういいよ勇者なんて、なりたくないしなれる訳がない」
「なっ!?」
「ちょっと待て!まだ諦めるのは!」
「無理だよ、ボクはもう勇者になれない」
「諦めるのは早いって!まだ希望は「いい加減にしろォ!」」
「!?」
瞳孔が開き凄まじい形相でこちらを睨み声を震わせ怒りを露にする。
「もう止めてよ!僕は無理なんだよ!他の子には毎年追い抜かれるし才能ないって皆から言われる!辛いんだよ!いつもいつも劣等感を感じて心の中で嫉妬して!そんな自分が醜い!何でこんなにも僕は醜くなったの!?何で嫉妬しなきゃいけないの!?何で僕は勇者になれないの!?
激情に支配されたロイに小さかった頃の笑顔の面影はもうない。
「もう嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
「ロ、ロイ落ち着け!」
ーロイが貴方を拒絶しています、会話は実行出来ませんー
「なっ!?」
俺の声が届かない。ロイは目の前にいるのにビジョンによって声を遮断させられる。
「ちょ待ってくれ!ロイとの話はまだ!」
ーロイが貴方を拒絶しています、会話は実行出来ませんー
「何でだよ!?おいロイ!俺の話を聞いてくれ!」
ーロイが貴方を拒絶しています、会話は実行出来ませんー
「ロイ!ロイ!ロイッ!」
ーロイが貴方を拒絶しています、会話は実行出来ませんー
いくら叫ぼうが訴えようが再びロイの心を動かすことは出来ず壊れていくロイの傍観者になる選択肢しかない。
「もう嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、勇者なんか嫌いだ皆嫌いだもう嫉妬もしたくない劣等感も抱きたくない」
壊れる。
「逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい逃げたい」
壊れて壊れて。
「皆死ね皆死ね皆死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
壊れていく。
「ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
ーロイが壊れました、ゲーム終了ですー
「はっ!」
意識が鮮明となり飛び起きるように身体を起こす。身体は冷や汗をかいており心は不快感と憂鬱に支配されていた。
「はぁはぁ……」
息が荒い。悪夢を体感してるような時間だった。辺りはいつの間にか勇者の国から最初に迷い込んだ変哲な平野に戻っている。
「今のは……」
「やっほ♪調子はどうだい?」
「っ!」
そんな心情を知らずかマインは変わらずにコミカルでオーバーな動きで気分の良さを聞いてくる。それまでは安心感もあったその行動は今となっては恐怖を感じる。
「マイン……」
「残念だったね、でもこのゲームはプレイすればいい!だから落ち込まないで?、それにあれはロイが勝手に自滅しただけさ」
「自滅?」
「君の言葉は正しかった、悪いのは耳を傾に勝手に嫉妬と劣等感に駆られ自分を見失ってしまったロイ、しょうもないね~人と比べて勝手に嫉妬して勝手に壊れて、実に滑稽だったよ」
「そ、そんな言い方は!」
「あぁごめんごめん、ちょっと言い過ぎたね」
その言葉は俺の愚行を擁護すると共にロイの全てを否定する2つの意味がある。守ってくれてるはずだが俺の心が拭えることはない。
「ネバーランドに相応しくない、名付けるなら嫉妬の勇者かな?」
「嫉妬の勇者……」
マインはロイを指して言っているのだがその名前は俺の心を抉るように刺さる。
(ロイ、俺はお前を……)
「さっ、このゲームは終わり!切り替えて次のゲームに行ってみよう!」
何故こんなにも辛い思いをしているのだろう。辛いことがないのがネバーランドじゃなかったのか?
壊れてしまったロイへの鎮魂歌を奏でる暇をマインは与えず再び呪文と共に辺りが閃光に包まれる。
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