その4

「で、スープなくなってどうしたんです?」


 もちろん、味で勝負もしなくちゃならないわけだが。と思いながら、俺は話をうながしてみた。つづけて皐月さんが口を開く。


「仕方がないからお客さんたちに謝りました。きてくれたのにすみません、スープがなくなっちゃいました。ラーメン関係は、油そばとソース焼きそばならつくれます。あと、チャーハンとか定食は普通につくれますって言ったんです」


「で、なんだかわからないけど、ソース焼きそば大盛りと半カレーチャーハンのセットがすごい人気で。昨日の昼はご飯までなくなっちゃって、マジでピンチだったのよ」


「それで、本当にお客さんに頭を下げて。ご飯はないけど中華麺はありますからって言って、チャーハンじゃなくてチャーメンっていうのを即興で考えて、それをお客さんにだしました」


「あ、それ、おもしろいですね。レギュラーメニューにするといいかもですよ」


 と言いながら、俺も少し驚いた。油そばよりもソース焼きそば、それからカレーチャーハンが人気だったのか。何が売れるのかは蓋をあけるまでわからないもんだが、この住宅街での基本的な売れ線はそっちだったらしい。考える俺の前で、皐月さんがすうっと手を挙げた。相変わらず、表情は曇っている。


「で、もっとピンチだったのが私の腕だったんです。――ほら、伸一さんが言ってましたよね? チャーハンにはマヨネーズを使って欲しいって。あれも正解でした。最初の十人前くらいはなんとかなったんですけど、だんだん腕があがらなくなってきて。最後は中華鍋を振るんじゃなくて、お玉でかき混ぜるだけみたいになってましたから。マヨネーズがなかったら本気でアウトだったんです」


「あ、それは、まあ、よかったですね」


 と、俺は返事をするしかなかった。その俺の前で、皐月さんがよろよろと立ちあがる。


「そういうわけですので、昨日は大変でした。みんなチラシを持ってたし。ただ、今日も日朝日で休みだけど、二日連続で、そこまでチラシを持ってくるお客さんは多くないだろうと思って、やっぱりスープは三十人前くらいを用意しておいたんです」


「そうしたら、昨日と同じレベルでお客さんがきて、大繁盛しすぎてこっちは過労死寸前って状態になっちゃって」


 ダラーっとした顔で弥生さんが話を補足してきた。なるほど、そういうことだったのか。


「まあ、繁盛したんだから、とりあえず今回はいいとしましょう。それに、スタンプカードも配りまくったんですよね? だったらこれから、毎月、フェアのときは、みんなチラシとスタンプカードを持ってきてくれるでしょうし」


 俺が言ったら皐月さんが青い顔が倍増しになった。


「あの、売れるのはうれしいんですけど、この忙しさがずっとつづくんですか?」


「ああ、大丈夫ですよ。忙しいのは、毎月、最初の一週間だけです。むしろ、それ以外の日は、かえって暇になると思いますから」


「は?」


 俺が言ったら、皐月さんが意外そうな顔をした。


「あの、それはどういう」


「だって、ここは住宅街ですからね。たまには外食しようか、という程度でラーメン屋にくる人も多いはずです。で、今回は、チラシ作戦で一〇〇円安くなるっていう手を使いました。だから、そこにどっとお客さんが集中したんです。その反対で、フェアの期間が切れたら、あとは家で飯を食えばいいって感じで、あんまりお客さんもこなくなると思いますから」


「ああ、なるほど」


 俺の説明に、皐月さんがうなずいた。――で、少ししてから、困った顔でこっちをむく。


「じゃ、あの、この店の売りあげは」


「それはきちんとプラスになると思います。最初の一週間以外、まったくお客さんがこないってのはありえませんし、スタンプカードで強制的にリピーター化もさせましたから。ただ、チラシ作戦を使う以上、毎月、最初の一週間はかなりのお客さんがくるはずです。そのときに、とにかく儲けようって気持ちでいてください」


 と言ってから、もう少し講釈しておこうか、と俺は思った。


「そもそも、栄枯盛衰とか盛者必衰って言って、どんな店も、いつかは看板を降ろすときがくるんですよ。俺がバイトしてる『とんこつラーメン ひずめの足跡』もそうだし、ここだってそうなります。六角家が潰れたって聞いたときは俺も驚きましたけどね。ならどうするか? とにかく、稼げるうちに稼ぐしかないんです。お客さんを騙すような真似は、できればしたくないですけど。こっちだって生きていかなくちゃならないんですから」


「生きていくために、死にそうなくらい忙しかったんだけど」


 横で聞いていた弥生さんが、ポツリとつぶやいた。よっぽど仕事がきつかったらしい。

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