その2

 で、翌日の日曜日。


「どうも、こんにちは」


「あ、いらっしゃいませ」


 俺が弥生さんと一緒に「白桃」に顔をだしたら、皐月さんが笑顔ででむかえてくれた。


「やっぱりきてくれたんですね」


「そりゃ、再来週が本番だし、どうなってるのか、俺も気になりましたし」


「ありがとうございます。スタンプカードも、もう用意してますから」


「そうでしたか」


 言いながら俺はカウンターについた。


「とりあえず、醤油ラーメンをお願いします」


「かしこまりました」


 と言ってから、皐月さんがおもしろそうに俺を見た。


「いままでの醤油ラーメンと、来週から店にだす醤油ラーメンのどちらにしますか?」


「あ、そっちも、もうできてるんですか。じゃ、来週の奴をお願いします」


「わかりました。あ、そうそう。一〇〇円高いですよ?」


「もちろんわかってます」


「あ、それから伸一くん、これが、来週からだすメニューなんだ」


 ラーメンを待っている間に、弥生さんがメニューを持ってきた。


「これをコピーして、ラミネート加工してテーブルとカウンターに置こうと思うんだけど、どう?」


「へえ、手づくりなんだ」


「うちのパソコンでつくれたから。なるべく安くあげたかったし」


「なるほどね」


 俺はメニューを受けとった。――俺の言ったことが、写真つきで綺麗に書きこまれている。それだけじゃなく、醤油ラーメンには「オイスターソースが味の決め手です」、塩ラーメンには「スルメの旨みが効いています」、味噌ラーメンには「自家製の、辛くないXО醤で味に深みをだしています」、そして最後に「アレルギーのある方は遠慮なくお申しつけください。牡蠣、スルメ、エビのない、普通のラーメンもつくれます」なんて書いてある。俺は感心した。


「なかなかラーメン専門店してるじゃないですか」


「隠し味は、本当なら黙っておくべきなのかもしれませんけど、ラーメン専門店だと、いろいろ書いてあることが多いんで。私もそれを参考にさせてもらったんです」


 皐月さんが言いながら、俺の前に醤油ラーメンを置いた。わかってきたみたいだな。


「じゃ、いただきます」


 言いながら、俺はスマホで写真を撮った。――俺が前に言ったように、モヤシと並べて昆布の佃煮が乗っている。白と黒で見栄えも良くなったな。香りも鰹節が効いている。


「ふむ」


 レンゲでスープをすくって、ゆっくりすすってみた。――豚骨、鶏ガラ出汁に、醤油ダレ、オイスターソース。それから、うっすらとだが化学調味料。


「バランスは悪くないですね」


 いままでは、お客さんの健康を考えて塩分は薄め。ただ、お吸い物とは言われたくないので油はやや多めにしている、なんて言っていたが、あれだと味にしまりがなくなる。今回は化学調味料がいい仕事をしてくれていた。麺は前と同じなんだが、スープが変わればイメージは劇的に変わるから、いまの時点ではこれで問題ないだろう。


「ごちそうさまでした。おいしかったですよ」


 ぱぱっと食べて、俺は立ちあがった。


「それじゃ、お勘定を」


「はい。ありがとうございます」


 で、金を払ってお釣りをもらって、俺は入口のほうをむいた。


「じゃ、来週はがんばってくださいね」


「え? あ、あの。ありがとうございます」


「え、ちょっと待って。それだけ?」


 俺がそのまま店をでようとしたら、皐月さんが驚いたように礼を言って、弥生さんが困ったように声をかけてきた。訳がわからずに振りむく。


「それだけって、何が?」


「え、だって、ほら」


 弥生さんがカウンターを指さした。


「あの、いままで、ラーメンを食べたら、そのあと、あの席に座って、ああすればいい、こうすればいいって、いろいろ言ってたから」


「それは、また次のときに言いにきますよ。今日の俺は、本当にラーメンを食べにきただけです」


 と言いかけ、俺は考え直した。


「弥生さん、来月の頭の土曜、日曜って、暇?」


「え?」


 俺が聞いたら、弥生さんが、ちょっと驚いたような顔をした。


「そりゃ、暇だけど。なんで?」


 なんでか、赤い顔で聞き返してくる。


「じゃ、この店で手伝いをしたほうがいいよ。たぶん、かなりお客さんがくると思うから。皐月さんはずっと厨房で仕事をしてもらって、弥生さんはウェイトレスとして、お客さんの注文を聞いて、ラーメンをだす、なんてことをやるといいと思う」


 俺が言ったら、どういうわけだか、弥生さんが拍子抜けしたみたいな表情になった。


「あ、そういうことか。うん、わかった。じゃ、その日はこの店を手伝うから」


「じゃ、そういうことで」


 俺は「白桃」をでた。


 翌週の日曜日も、一応は顔をだしたが、塩ラーメンを食べながら皐月さんたちを見ていたら、TVの設置だの、弥生さんはウェイトレスだからエプロンはどうするだの、なんだか楽しそうにやっていた。


 なんだか、文化祭の前日みたいだった。

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