第六章

その1

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「それで伸一くん、女子の友達の――大泉さんだっけ? あの娘の家族のラーメン屋さんはどうなったの?」


 土曜日の昼、俺が「とんこつラーメン ひずめの足跡」でまかないを食べていたら、店長の朱美さんが声をかけてきた。


「まあ、やることはやってきましたけど」


 とりあえず、口のなかの中華麺を飲みこんでから当たり障りのない返事をして、俺は少し考えた。


「そうですね。詳しいこと、正直にしゃべっちゃっていいですか?」


「もちろん」


「俺が行った店、鰹節にこだわりがある店だったんですよ。清湯系淡麗スープで。スープも業務用じゃありませんでした」


「へえ」


「そこの店長の腕もしっかりしてましたよ。はっきり言うけど、ここの店長よりもスキルは上だったと思います」


「これは手厳しいね」


 朱美さんが苦笑いをした。


「まあ、私の店は、業務用スープまかせだから、それは言われても仕方がないけど。それで?」


「だから、そこの店長さん、スキルはあるんですけど、ラーメンのスープをつくることばっかりに頭が行っちゃってて、周りが見えてないって感じがしたんですよ。あと、性格が生真面目なせいか、スープづくりも教科書通りすぎてて。おもしろ味がないって言ったらいいのかな。もっと破天荒なことをやっちゃってもいいのに。で、これは、腕があるのに埋没するタイプだなって思ったんで、チラシ作戦と、スープの味の改良案をレクチャーしてきました。まあ、住宅街にある店だったんで、あんまり型破りなことはしないで、ラーメン専門店と、普通のラーメン屋の中間っぽいことを言ってきたんですけど」


 これがもし「おいしいチャーシューをモリモリ食べてもらう店を目指してるんです」だったら、俺だって違う方法を提案したんだが。考えながら言う俺に、朱美さんが笑顔でながめてきた。


「で、お客さんの入りは?」


「あ、それはまだです。一気に変えるのは来月の頭からにしておきました。いまごろは、味の微調整でいろいろやってると思いますよ」


 と、ここまで言ってから、俺はこの前の学校のことを思いだした。


「それから学校で、ちょっと変なことが起こりましたね」


「へ、どんな?」


「弥生さん――大泉さんなんですけど、あの娘、学校でラーメンの知識をしゃべったらしいんですよ。それが巡り巡って、俺にまで話が行って。で、俺が、大泉さんから聞いたんだろって言ったら、そこにいた男子が」


 俺は川崎たちが切れたことと、弥生さんがフォローしてくれたことを簡単に説明した。少しして、朱美さんが苦笑する。


「なるほどね。詳しくなったら人に言いたくなる心理が働いたか。わからなくもないけど、こういうのは誰でも同じだね。私もそういうときがあったよ」


「俺もありましたよ。それで周りにドン引きされたんですけどね。あとで反省しました」


 スープを飲み干し、俺は空になった丼を持って立ちあがった。


「じゃ、ごちそうさまでした。仕事に戻ります」


「あー、がんばってね」


 と言ってから、朱美さんがおもしろそうに俺をながめた。


「ん? なんすか?」


「それで、その、大泉さんって、彼氏がいるのかな?」


「は? さあ」


 俺は首をひねった。いままで、きちんと話をしたこともなかったからわからない。いてもいなくても俺には関係ないし。


「あーそうだ。この前、一緒に回転寿司のフェアでやってる新メニューのラーメンを食べましたよ。もし彼氏がいるんなら、俺じゃなくてそいつと食べてるはずだから、いまはいないんじゃないんですか」


「は?」


 なんとなく言ったら、朱美さんが驚いた顔をした。


「何? あんたたち、一緒にラーメン食べに行ったの!?」


「そうですけど?」


 俺の返事を聞いた朱美さんが、なんでかニヤニヤした。


「そうかそうか。それにしても伸一くん、相変わらずのラーメン脳だね。それで気づかないか」


「気づかないって、何にですか」


「いやべつに。それよりも伸一くん、あのさ、もし困ったことがあったら、私が相談相手になるから」


「は? じゃ、そのときはよろしくお願いします」


「仕事は頼むよ。今度は私が休憩に入るから」


 朱美さんが言いながら、俺より先に休憩所をでていった。


「まかないを頼むよ。今日は太麺の大盛りにしようか」


「へー、店長、今日は豪快ですね」


「ちょっといいことがあったんでねー」


 なんだか機嫌のよさそうな朱美さんの声だった。


「?」


 わけがわからないまま、俺も仕事へ戻ることにした。

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