その7

「じゃ、あの、言いますけど。――ほら、伸一さんのラーメンスープの改良案。味噌ラーメン用のXО醤は自作するってことになりましたけど、あれって結局、食材を直接お客さんに食べてもらってるってことになりますよね? あと、塩ラーメンに入れるって言っていたスルメも、フードプロセッサーでペースト状になるまで潰して、やっぱり、直接食べてもらってます」


「ええ。まあ、そうなりますね」


 出汁ガラを捨てる手間も省けるし、何も問題ないと思うんだが。皐月さんの言いたいことがわからないまま、とりあえず俺は返事をした。皐月さんが眉をひそめたまま、つづけて口を開く。


「それって、要するに、出汁を味わってもらってるってわけじゃありませんよね? それから、オイスターソースと塩麹も、既存の調味料を使ってるだけだし、まるで出汁をとってません。ラーメン屋として考えた場合、それでいいのかなって思っちゃって」


「あ、そういう話ですか」


 皐月さんが何を言いたいのか、俺も理解できた。


「ラーメン屋ってのはそれでもいいんですよ。――そうですね。さっき、業務用スープを音楽にたとえましたけど、同じく音楽にたとえるなら、こうなります。皐月さんは、いままで、丁寧に出汁をとってラーメンをつくってました。言ってみれば、作詞、作曲のレベルからがんばっていたってことになります。それは音楽家として正しい姿勢だと思います」


 ここで一度、言葉を区切って俺は皐月さんを見つめた。皐月さんも無言でうなずく。


「で、それとは別に、ライブハウスで仕事をしているDJっていう人たちがいます。あの人たちは、基本的には作詞、作曲をしません。既存の、複数の音楽に手を加えて、新しく組み合わせて、それまでになかった感動を生みだして、その場のお客さんを喜ばせているんです。それだって、特に問題があるような行為ではないはずです。そういう種類のアーティストだっているんですよ」


 俺の言葉に、皐月さんが、あっという顔をした。


「で、俺は皐月さんに、そういう、DJアーティスト的なラーメン屋になってもらいたいんです。いままで、作詞、作曲から手がける音楽家的なスタイルのラーメン屋をやってきて経営がピンチなんだから、いままでやってこなかった方法で経営を巻き返すしかありませんし」


「そうか、そうですよね」


 少しして皐月さんが返事をした。


「作詞、作曲をしない、DJ的なアーティストもいるんですよね。そういうラーメン屋のスタイルもあっていいんですよね」


「もちろん、それだって簡単だとは言いませんけどね。いままでにない組み合わせを考えるっていうのは、ものすごいセンスが必要ですし」


 俺は皐月さんに笑いかけた。


「あと、今回は最後にこれを言っておきます。この店に」


「まだあるの!?」


 と、言ってきたのは弥生さんだった。なんだかあきれたような顔をしている。


「そりゃ、言いたいことは山ほどあるって言ってたけど、まさか、こんなに言ってくるなんて思ってなかった。伸一くん、すごいね」


 いい意味ですごいのか悪い意味ですごいのかは不明だが、べつの生き物を見るみたいな目をむけてきた。本当のラーメン好きの底力がどれほどのものか、やっとわかってきたらしい。


 で、キモイって思われるわけか。だから俺も普段はおとなしくしていたんだが。あんまり考えないようにしながら、俺は皐月さんを見た。


「この店に、発泡スチロールの安い入れ物を常備して欲しいんですよ。多めに。あと、ビニールの買い物袋」


「はあ」


 相変わらず、理解不能って顔で皐月さんがうなずいた。


「べつにかまいませんけど、それはどうするんですか?」


「テイクアウトを頼むお客さんのためですよ。いまの時代、そういうお客さんは少なくありませんから」


「あ」


「もちろん、スープありのメニューは不可能ですけど、油そば、ソース焼きそば、チャーハン、餃子、豚の生姜焼き、鶏の唐揚げはテイクアウトが可能なはずです。そういうのもメニューに書いておいて、これはお持ち帰り可能ですってやっておけば、店では食べたくなくても、家で食べたいっていうお客さんを、この店でゲットできます。つまり、店頭販売をするんだと思ってください」


「――なるほど。わかりました」


 皐月さんが神妙な面もちでうなずいた。


「そのへんのことは、本当に考えてませんでした」


「じゃ、これから考えてください」


 言いながら、俺はXО醤や塩麹やオイスターソースを手にとって、ナップザックに突っこみはじめた。


「まあ、そういうことですんで、チラシ作戦と、スープの改良と、新メニューの開発はがんばってもらいます。あと二週間は時間がありますんで。来月の頭には、バッチリリニューアルできると思いますよ」


「え、あ、あの、伸一さん」


 ナップザックを右肩にかけて厨房からでた俺に、皐月さんが驚き半分、不安半分って感じで声をかけてきた。


「何か?」


「あの、なんていうか――」


 店の入口まで言ってから振りむいたら、なんでか皐月さんが立って、ちょっと困った顔で下をむいていた。どういうわけか、隣に弥生さんが立って、同じような顔をしている。


「ひょっとして、この店のテコ入れは、これで終了なんですか?」


「とんでもない。またきますよ」


 俺はふたりに笑いかけた。


「マイナーチェンジはこれからもやっていきます。ただ、それよりも何よりも、でかい改変の方向性はこれで明示しました。とにかく、それでやってみてください。俺が今回、思ったことを何もかも全部言わないのは、全部言ったって、皐月さんたちの頭が混乱するだけだって判断したからですよ。少し時間を置いてから、またテコ入れの話を持ってきます」


「私は、いまの時点で、十分以上に混乱してるんだけど」


 弥生さんが口を尖らせてつぶやいたが、皐月さんのほうは感心したような顔でうなずいた。


「わかりました。やってみます。伸一さん、これからもお願いします」


「困ったことがあったら連絡してください。連絡先は弥生さんが知ってます」


 俺は店の扉をあけた。


「じゃ、今日はそういうことで」

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