その6

「「は?」」


 皐月さんと弥生さんが、またもや理解不能ってリアクションをとってきた。


「ちょっと待ってよ伸一くん、さっきと話が違うじゃない。煮干しは必要ないから魚粉にするって言ってたんだから、昆布だってそうすれば」


「そこはそうじゃない方法を考えたんだ」


 弥生さんに言い、それから俺は皐月さんを見た。


「まず、最低限の化学調味料は使ってもらいます。ただ、それとはべつに、昆布も多く使って出汁をとって欲しいんですよ。――だから、一番出汁は、豚骨、鶏ガラ出汁に軽く入れて、すぐだしちゃうくらいでいいと思います。ただ、二番出汁を醤油ダレでだすんです。こうすることで、二番出汁にある、特有の臭みはメチオールで消えることになります。さらに言うなら、昆布には醤油の味がつくことになります。ここまではいいですか?」


 言って、俺は皐月さんと弥生さんの反応を見た。また返事はない。ふむ、この姉妹は、俺の言いたいことがわからないときは黙る癖があるようだな。まあ、真剣な顔つきで聞いてくれているからありがたい。


「で、その昆布を包丁で細切りにすれば、昆布の佃煮と同じものになります。その昆布の佃煮をラーメンに乗せて欲しいんですよ」


「は?」


 案の定、妙な声をあげたのは弥生さんだった。


「昆布の佃煮って、ご飯のおかずでしょ? そんなのが乗ってるラーメンなんて見たことがないわよ」


「それは悪いけど、弥生さんが勉強不足なだけだな。ネットで調べればわかるけど、昆布の出汁ガラで佃煮をつくって、インスタントラーメンにのせて食べる、なんてのは、少しだけどでてくるんだよ。もっと言うと、熊本豚骨ラーメンの桂花は、メンマとはべつにクキワカメが乗ってる」


 弥生さんに説明してから、あらためて俺は皐月さんを見た。


「もちろん、あまり長く煮こまず、歯ごたえのいい状態でだして欲しいです。そうすることで、メンマやモヤシと並んで、いい食感のアクセントになると思いますから。それともうひとつ。これをやることで、この店のラーメンはきちんとリニューアルされているんですよ、という無言のアピールもできます」


「どういうこと?」


 弥生さんがポケッとした表情で訊いてきた。


「鰹節の香味油も使って、オイスターソースも使って、完全に味は変えるってことになってるじゃない? 無言のアピールなんか必要ないんじゃないの?」


「それが必要になるんだよ」


 これは、味が変わればそれでいいという思いこみだな。俺は苦笑しながら話をつづけた。


「ほら、人間はビジュアルに振りまわされるから。いくら味や香りが変わったって言っても、写真に撮った場合、まるで違いがでてこないし。それだと、前とどう違うんだ、なんて言いだすお客さんがでてくる危険がある。でも、上に乗っているトッピングが違えば、少なくとも何かが違うって誰でもわかるはずだ」


 俺の説明に、弥生さんが納得したような顔をした。


「なるほどね」


「じゃ、醤油ラーメンのスープと、上に乗せるトッピングの改良については、これくらいかな」


 考えてきたことを全部伝えられただろうか、と俺は頭のなかで再確認しながら、厨房のオイスターソースを手にとった。ナップザックにしまいこむ。


「じゃ、つづいて、塩ラーメンのスープに行きますか」


 俺が言ったら、弥生さんが驚いた顔をした。


「まだあるんだ?」


「あたりまえだよ。だから、この店で、醤油も塩も味噌も、ひと通り食べたんだし。じゃ、そういうわけで、ひきつづき、試作のラーメンスープをつくりますので」


 言って、俺は皐月さんたちから背をむけた。


「で、これが塩スープの改良版なんだけど」


 三分後、俺はカウンターに塩スープの入った丼を置いた。醤油ラーメンのときと同じく、お玉で軽くスープをすくってコップに入れて、皐月さんと弥生さんの前にだす。


「鰹節の香味油は同じです」


「そうなんですか」


「じゃ、いただきます」


 皐月さんと弥生さんがコップを手にとった。さっきと同じように匂いを嗅いでみる。

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