その12
皐月さんと弥生さんが言い、チャーハンスプーンでブツをすくって自分たちの口に入れた。――どうなるのかな、と思って見ている俺の前で、ふたりがものすごい顔になった。先に皐月さんが立ちあがって厨房に駆けこんでくる。つづいて弥生さんも。そのまま流し台に口のなかのものをべっと吐きだす。そこまで衝撃的だったか。
「「まっずー!!」」
金切り声をあげるみたいな調子で同時に言ってきた。
「伸一さん、なんですかこれ!? 腐ってますよ!」
「というか、毒入りだったんじゃないの!? 私、少し飲みこんじゃったんだけど、これ本当に大丈夫!?」
「やっていいことと悪いことがありますよ!!」
「ちょっと、あの、うがいさせて」
青い顔をしながら交互に言ってくる。さすがに悪ふざけが過ぎたかな。
「ああ、大丈夫ですから」
予想以上のリアクションに俺も驚きながら、カウンターのブツを指さした。
「これ、べつに腐ってるわけでも毒入りでもないから安心してください」
「伸一くん、何を言ってんの!? だって、こんな異常な味したプリンなんて」
「これはプリンじゃなくて玉子豆腐です」
俺の説明に、ふたりが動きをとめた。
「「は?」」
「俺は、これがプリンだとは言ってないし、この店のデザートの叩き台だとも言ってませんよ。ふたりが勝手に、これはプリンだって思いこんで、プリンを食べる心理状態で玉子豆腐を味わったってだけなんです」
笑いながら言い、俺は皐月さんと弥生さんをカウンターに戻るように手でうながした。
「種明かしはしました。それでお願いなんですけど、もう一回、味見してもらえませんか。本当に大丈夫ですから。これは玉子豆腐です」
「え、あ、はい」
「まあ、伸一くんが玉子豆腐って言うんなら」
ふたりが言いながらカウンターに戻った。そのまま、恐る恐る、皿の上のブツをスプーンですくう。
「あ、玉子豆腐だ」
「本当だ。普通においしい。さっきはあんなにまずかったのに」
ふた口目を食べたふたりが、意外そうに言ってきた。で、俺のほうを見てくる。
「ちょっと説明すると、先週の帰り、弥生さんが、思いこみで食べるとうまいものもまずくなるって話が信じられないって言ってきたんですよ。うまいものはうまい、まずいものはまずいって」
俺は皐月さんに説明した。
「で、仕方ないから、わかってもらおうと思いまして。プリンと玉子豆腐って、砂糖と牛乳で味付けするか、醤油と出汁で味付けするかの違いで、あとの調理方法は変わりませんから、こういうトリックが可能になるんです」
言い、俺は弥生さんを見た。
「わかったと思うけど、思いこみの力って、これだけ強烈なんだ。おいしいはずの玉子豆腐が、そう感じなくなるんだよ。だから、事前情報ゼロで食べてもらうのが一番フェアではあるんだけど、それだと宣伝戦略にはどうしても負ける。なら、こっちも宣伝する側になるしかない。俺の言うことがわかってくれたかな?」
「――はい」
少しして弥生さんが、悔しそうな感じでうなだれた。
「私が間違ってました。思いこみの力って、とっても強かったです」
「わかってもらえてうれしいよ。ああ、その玉子豆腐、全部食べちゃってくれて構わないから」
言い、俺は皐月さんと弥生さんを交互に見た。
「では、いよいよ、ラーメンの味の改良に入ります」
俺が言ったら、弥生さんがちょっと表情を変えた。
「やっぱり本当にやるんだ」
「あたりまえだよ。チラシ作戦で、リニューアルするって宣言したんだから、実際にやらないと話が嘘になる」
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