その11
一週間後の日曜日、俺が弥生さんと一緒に「白桃」へお邪魔すると、想像通りに皐月さんが店内で待っていた。
「どうも、お久しぶりです」
「いらっしゃいませ」
俺があいさつをしたら、皐月さんも頭を下げた。ちゃんと野球帽を後ろ前逆にしてかぶっている。まあ、これはすぐにできることだからな。
「じゃあ、早速ですけど、今日は味噌ラーメンをお願いします」
「わかりました。少々お待ちくださいませ」
弥生さんの返事を聞きながら、俺はカウンターについた。
「じゃあ、私も同じの」
弥生さんが俺の隣に座って、同じく注文をしてきた。――例によって、皐月さんのオペレーションは途中で背をむけるものだった。何をやっているのかは全部見えない。
少し待っていると、皐月さんが味噌ラーメンを持ってきた。
「お待たせしました」
「どうも」
俺はスマホに写真を撮った。――なるほど、札幌味噌ラーメンみたいに、味噌ダレと野菜、出汁を中華鍋で炒めてなじませるタイプとは違って、丼に味噌ダレを入れて、出汁で溶かしてつくるタイプか。乗っている具は醤油ラーメンや塩ラーメンと変わらない。レンゲでスープをすくって飲んでみる。――鰹節が乗っているから、それはかろうじてわかるが、豚骨、鶏ガラの出汁は味噌に負けてしまっていた。
「やっぱりな」
この店もそのパターンだったか。麺も、醤油ラーメン、塩ラーメンと同じである。まあ、まずいわけでもないから、今回のテコ入れでは流しておこう。それよりも問題はスープの改良だ。
「ごちそうさまでした」
十五分後、ラーメンを食べ終わった俺は箸を置いた。
「ありがとうございます」
「じゃ、お勘定を」
レジに行って、俺は金を払った。弥生さんもである。
「さて、今日の講義なんですけど」
俺は背中のナップザックをおろした。皐月さんと弥生さんが、先週と同じテーブル席につく。
「あ、今日は、こっちでお願いします」
俺は言いながらカウンターを指さした。皐月さんと弥生さんが、少し意外そうにしながらカウンター席につく。
「で、ちょっと失礼して」
俺はナップザックを持ったまま厨房に入った。手をアルコール消毒してから、カウンター越しに皐月さんと弥生さんを見る。皐月さんも弥生さんも、俺が何をするのかわからないから、不思議そうにしていた。
「えーと、まず、この店って、デザートがないですよね?」
確認するみたいに訊いたら、皐月さんがうなずいた。
「それって、やっぱり必要でしたか?」
「まあ、ないよりはあったほうがいいでしょうね。俺がバイトしてるラーメン屋でもデザートはありますし。それから、おふたりとも女性ですから、甘いものは好きですよね?」
「あ、はい、それは、まあ、人並みには」
「べつに辛党ってわけでもないし」
「じゃ、プリンも食べますか?」
「もちろん食べます」
「小さいころから好きだけど」
「そりゃよかった。あ、そうそう、餃子のお皿って、これでいいんですよね? それから、チャーハンのスプーンはこれで?」
「はい、そうですけど」
「お借りしますね」
俺はナップザックからだしたビックリ商品を容器からだし、餃子の皿に置いて、チャーハンのスプーンをふたつ添えて、ふたりの前にだした。
「これ、ちょっと味見してもらえませんか?」
ふたりが、少し不思議そうに皿の上のブツを見て、まず、弥生さんが顔をあげた。
「これ、伸一くんがつくったの?」
「普通に、この店にくる前にスーパーマーケットで買ってきたんだ」
「へえ、カラメルの乗ってないプリンなんてあるんだね。めずらしい。私、はじめて見た。形も丸くないし」
「どこかのご当地プリンなのかもね。というか、チャーハン用のスプーンでプリンを食べるのって、私もはじめてだわ」
皐月さんが言いながら、チャーハンスプーンを手にとった。
「それで伸一さん、これ、いただいていいんですか?」
「どうぞどうぞ」
「ありがとうございます。じゃ、いただきます」
「伸一くん、ゴチになりまーす」
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