その5
2
「まず、この店は窓がありますけど」
少し歩き、俺は表通りに面したガラス窓を指さした。俺の考えがわからないらしく、ハテナマークって顔で皐月さんがうなずいた。
「もちろんありますけど、それが?」
「あそこに貼ってあるラーメンの写真。あれは外すべきですね」
俺の意見に、皐月さんが意外そうな顔をした。
「え、なんでですか?」
「あれが貼ってあると、店のなかがよく見えないからですよ。これも、皐月さんと弥生さんは当然のように出入りしていたから気付かなかったんでしょうけどね。想像してみてください。はじめて入る店で、なかの状態がわからないって、不安になるでしょう? 特に女性は」
「「あ」」
ふたりが同時に返事をし、やっぱり、お互いに顔を見合わせた。
「せっかく窓があるんだから、見通しをよくしておくのがいいと思うんです。それで、なかで働いている店長が皐月さんのような女性だとわかれば、女性のお客さんも安心して入ってくるでしょうし。もし、日差しで店内のものが色焼けするのが嫌だって言うんでしたら、紫外線だけをカットするガラスフィルムもありますから、それを買って貼ればOKです」
「あ、ガラスフィルムはもう貼ってあります。ただ、それだと」
皐月さんが不安そうに言ってきた。
「はじめてのお客さんは、どういうラーメンがでてくるのかわからないから、かえって注文するのに抵抗があるんじゃ」
「だったら、窓ガラスじゃなくて、普通の壁にポスターを張っておけばいいんですよ。店の内側から貼るんじゃなくて、外側から貼ることになりますから、ラミネート加工は必要になりますけど。あと、チラシをつくるときに、写真を載せておくっていう手もあります。それから――あれはなんて言うんだろ。オーケストラの指揮者の前に置いてある、楽譜を立てる台みたいな奴。あれを買ってきて、店の前に置いて、そこに写真つきのメニュー表を載せておけば、それだけで十分な情報提供になると思いますよ。面倒だったら椅子を店の外にだして、その上にメニューを置いておくって手もあるし。もちろん雨の日は使えない方法ですけど」
「――なるほど」
皐月さんが神妙な顔でうなずいた.
「わかりました。それも考えておきます」
「そりゃよかった。じゃ、つづいて。この店にはTVを置いて欲しいです」
言いながら俺は店内を見まわした。
「あ、あそこがいいでしょうね。店の奥。あそこなら、はじめてのお客さんも、店に入った瞬間に、この店にはTVがあるってわかりますから。それも、高い位置に設置しておくと、どの席に座ったお客さんもTVを見られると思います」
「は?」
また、不思議そうに皐月さんが返事をした。
「あの、それは、どういう」
「先週、言ってましたよね。味に集中して欲しいからTVは置いてないって。気持ちはわからないわけでもないですけど、あれはまずいですよ。一蘭じゃないんですから」
これも説明しなくちゃいけないな、と思いながら俺は話をつづけた。
「ラーメンを食べにくるお客さんのなかで、俺みたいに、本気でラーメンを味わおうと思っている人間は十人にひとりくらいなんです。残りの九人は、適当にうまくて腹がふくれればいい、程度の考えできていますから。そういう人間は、ラーメンがでてくるまでの間に退屈するんですよ。その結果、あの店はつまらないって判断をされます。それは問題ですから。で、その反対で、俺みたいにラーメンを味わおうって人間は、ラーメンを待っている間、厨房をのぞきこんだり、メニューを再確認したり、置いてある調味料を見たりで、それなりに楽しめるし、いざラーメンがきたら、TVがあってもなくても関係なしで味に集中します。だからTVがあったって、味がわからないなんてことはありません」
ここまで言い、俺は少し待った。皐月さんからの反論はない。
「つまり、TVを店のなかに設置しても、メリットがあるだけで、デメリットはまったくないってことになります」
「わかりました。それも用意しておきます」
「それから、あれなんですけど」
俺は店の壁を指さした。「店内禁煙」の張り紙がある。
「あの張り紙、ちょっと高圧的な感じを受けました。店長が男なら、それでも問題ないんでしょうけど、皐月さんみたいな女性が経営者で、あれはどうかと思います」
皐月さんが困ったような顔をした。
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