その4
「そのお客さんが精算するときに、このスタンプカードを渡してください。もちろん、最初に一個、スタンプが押してある状態で。それから、そこの空白の部分には、お客さんがきた日の半年後の日付を書きこんでおいてください。で、相手に渡しながら、笑顔でこう言うんです。これから、毎月フェアをやりますので。――これで、相手は割り引きチラシとスタンプの呪縛で、強制的にリピーター化するはずです」
ここまで言い、俺は皐月さんと弥生さんを見た。皐月さんはともかく、弥生さんは理解不能って顔をしている。
「どういうこと?」
案の定、疑問符調に聞いてきた。
「じゃ、これも説明するけど。――ポストに入っていた割り引きチラシを見て、これはいいって思ったお客さんが、この店にきたとする。ただ、そのとき一回だけなら、まあ、味わってみようかな、程度にしか考えてないと思うんだ。ところが、レジで精算するときにスタンプカードを渡されて、しかもこう言われた。これから、毎月フェアをやりますので。するとどうなるか? 一回だけならスタンプカードを捨ててしまうような人でも、毎月フェアをやると聞いたら、そのスタンプカードを財布にしまうと思う。そして、毎月、一日~七日の間に、新しいチラシを持って、この店にきて注文をするんじゃないかって俺は期待してるんだ。お客さん側からすれば、とにかくチラシを持ってこの店にくれば、一〇〇円得するって判断をするはずだから」
ここまで言い、俺は皐月さんと弥生さんを見た。とりあえず反論はない。俺の言ってることがわからないという顔をしているわけでもなかった。
「そして、これを毎月繰り返すと、半年後にはスタンプが六個になる。で、一〇個スタンプが貯まったらラーメン一杯が無料になる。そうなると、あと四回は、小まめに通ってスタンプを貯めるようになるはずだ。そしてスタンプが一〇個貯まったらラーメン一杯がただ。で、レジ精算のとき、皐月さんはまた、新しいスタンプを渡す。そして笑顔で言うわけですよ。これからもよろしくお願いします」
要点を簡単に説明し、俺はふたりを見た。案の定、弥生さんはずるいって顔をしていた。俺の言いたいことに気づいたらしい。
「そして、また、毎月のフェア。一〇〇円安くなるって聞いたら行くしかない。スタンプカードもある。スタンプが貯まってきたら、なんとかして一杯無料にしようとお客さんはリピーター化する。そして無料で食べた直後に、あらためてのスタンプカード。これが負の連鎖。まあ、どこでもやってることなんだけど」
実際、ラーメン屋でこれをやっている店は珍しくない。俺は内情を暴露しただけなんだが、弥生さんは怒ったみたいな目で俺をにらみつけていた。
「ひどい。味がいいから常連さんになるんじゃなくて、そんな方法を使うなんて」
「悪いけど、それが飲食業界なんだ。おいしいものを提供していれば、口コミでお客さんがきて繁盛する、なんて方法をとっていたら、繁盛する前に店が潰れる。もっとはっきり言っちゃうと、この店がそういう状態でやばかったんじゃないんですか?」
弥生さんに言ってから、俺は皐月さんを見た。皐月さんが、あっという顔をする。
「さらに言うなら、こんなセールは基本中の基本だと思ってください。期間限定の新メニューをだしたとき、最初の一週間だけ大盛り無料、なんてのは大抵の店で普通にやっています。それと同じですよ。この店は景気よくサービスしている。この店に入ったら自分が得するとお客さんに思ってもらうのが第一なんです。俺は今日、最初に言葉のマジックという単語を皐月さんに言ったと思いますが?」
「それは――」
何か言いかけ、皐月さんが口を閉じた。なるほど、もう一歩だったか。
「わかって欲しいんですけど、このチラシの目的は、この店がラーメン専門店で、もう中華料理屋じゃないって知ってもらうこと。それから、このチラシを持って店に入ったら一〇〇円得するってお客さんに認識してもらうことです。繁盛することが、駅前のラーメン屋さんと、この店の前の店主への恩返しだって話は忘れてないと思いますが?」
俺の言葉に、皐月さんが表情を変えた。
「そうでしたね。うっかり忘れかけてました。チラシ作戦につづいて、スタンプカード作戦も使わせていただきます」
「そりゃよかった。それは渡しときますので、本物をつくるときの参考にしてください」
俺も笑顔でうなずいた。
「とりあえず、がらっと変えなくちゃいけないところは、以上です。次は、細かいところをチマチマと修正していきますから」
「は!?」
また驚きの声をあげたのは弥生さんだった。
「これで終わりじゃないの?」
「あたりまえだよ。こんなのは、はじまったばっかりだ。俺は先週、言ったはずだよ。言いたいことは山ほどあるって。この店の味をリニューアルするなんてのは来週に持ち越し。これからは店のマイナーチェンジに行きますから」
言いながら俺は立ちあがった。
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