その3
「これは本当に、ただの叩き台です。毎月、中盛りと大盛りが割り引きになるってだけじゃ、お客さんもあきますから。簡単に目を通してください」
俺が皐月さんたちに渡した叩き台には、こうあった。
『玉子はビタミンC以外、全てがふくまれた完全食と言われています。そのおいしい煮玉子一〇〇円を、今月の一日~七日まで、半額の五〇円で提供させていただきます|(玉子アレルギーのお客様には、代わりに倍メンマを提供させていただきます)』
『シャキシャキしたもやしはビタミンも豊富で食物繊維もたっぷり! 今月の一日~七日は、特別にトッピングのもやしを大盛りで提供させていただきます』
『お肉をモリモリ食べたいお客様のために。今月の一日~七日はトッピングチャーシューを、普段より、三枚多めに提供させていただきます』
『日本人と言ったらお米。ラーメンにもライスのセットは定番です。今月の一日~七日はライス一杯一八〇円のところを一〇〇円で』
『ラーメンと言ったら餃子のセット。今月の一日~七日は、餃子ひと皿四〇〇円のところを三〇〇円で』
『寒い季節になってまいりました。こういうときはバターでほっこりと。今月の一日~七日はトッピングバター一〇〇円のところを五〇円で』
「まあ、簡単に考えてきたんですけど、こんな感じですね。とにかく言えることは、ラーメンの値下げはしないってことです。あくまでもラーメンは定額。それ以外の大盛りやトッピング、それから例外的に、サイドメニュー関係を割り引きの金額で提供する。これで客単価は変わらなくなるはずです。で、このチラシでお客さんが増えれば店は儲かります」
叩き台に目を通す皐月さんと弥生に俺は説明した。
「あとのサービス商品を何にするかは、そのときそのときで、適当に考えてやって欲しいです。何もサービスするものが考えつかなかったら、最初に戻って、麺大盛りを一〇〇円引きにする、でいいですから。そのローテーションを繰り返すってことで。それからわかってると思いますけど、賞味期限ギリギリで、ロスになりかけてる食材を優先的にサービスしてください」
「は!?」
俺の言葉に、弥生さんが驚きの声をあげながら顔もあげてきた。
「ちょっと待って。賞味期限切れの物なんか食べさせたら大変なことになるじゃないの!?」
「ああ、落ち着いて。俺は賞味期限切れの物を食べさせろって言ったんじゃない。賞味期限ギリギリの物を食べさせろって言ったんだ」
なるほど、弥生さんは思いこみが激しい人なんだな、と俺は思った。言葉のマジックにひっかかりやすいタイプである。親しく話すようになってまだ一週間だが、俺もだいたいのところはわかってきた。
「想像して欲しいんだけど、これは飲食業界じゃ、あたりまえにやられてることなんだよ。ほら、個人経営のレストランだと、品切れにするわけにはいかないから、常に食材は少しだけ多めに購入する。すると賞味期限切れになりかけた、ちょっと問題の食材が必ずでるんだ。それが、たとえば、レタス、トマト、ウインナーソーセージだったとする。そこで料理人が考えて、その三つの食材を使った、シェフの気まぐれサラダ、なんていうのをつくって、店の前の看板に書いておく。するとお客さんは、今日しか食べられないレア物だからと思って、優先的に注文する。これで賞味期限ギリギリの食材は合法的にお客さんの胃袋に入って、ロスのゴミはでなくなるし、きちんとした収入にもなる」
言って、俺は弥生さんを見た。弥生さんの驚いた顔を見るのはこれで何度目だろうか。
「俺は、これと同じことを、この店でもやって欲しいって言ってるだけなんだよ」
「ずるい」
少しして弥生さんが不満の声をあげた。
「シェフの気まぐれサラダとか気まぐれパスタって、そういう理由でつくってたの?」
「まあ、新メニューを開発しようとして、試験的にだしてみる、なんて形で利用している店がないとは言わないけど、ほとんどの店は食品ロスを減らすためにやっているはずだ。それから、これと同じことはデパートでもやってる。ほら、毎年、正月に売りだす福袋。あれは、売れ残った商品を詰めこんで、外側からは見えないようにして売ることで、在庫処理と、少しでも収入に繋げようっていう魂胆でやってるもので」
「は!? あれもそうだったの!?」
「と、言われている。俺も、飲食関係は知ってるけど、デパート関係は専門外だから、これは確信を持って言えることじゃないけどな」
話題を変えようと思い、あらためて俺はナップザックに手を突っこんだ。
「で、とどめの作戦はこれ。スタンプカード」
言いながら、俺は叩き台のスタンプカードをテーブルに置いた。
『お客様が一回来店するたびに、こちらのスタンプを押させていただきます。「 」までに一〇個スタンプがたまった場合、次に来店してくださったとき、このスタンプと、醤油、塩、味噌ラーメン、どれかお好きな一杯を交換させていただきます』
「さっきも言いましたけど、チラシ作戦は毎月やってほしいんです」
叩き台のスタンプカードに目をむける皐月さんと弥生さんに俺は説明をした。
「で、単純に考えて、そのときだけ、少し得をしようと思って、チラシを持ってこの店にくるお客さんは絶対にいます。どのくらいくるのかは俺にも想像がつきませんけどね」
「え? ちょっと待って」
ここで弥生さんが不思議そうに口を挟んできた。
「なんで想像つかないの? ほら、朱美さんのお店じゃ、あんなに列ができて」
「あれは駅前だったし、豚骨ラーメン専門店って形をとっていたからだよ。ここは住宅街だし、元中華料理屋を再利用したラーメン屋で、醤油、塩、味噌がある。俺だって、前のデータがどこまで活用できるかわからないんだ」
「あ、そうか」
「ただ、とにかくお客さんはくると思います。と言うか、くるはずです」
俺は皐月さんにむき直った。
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