その2
「――でも」
少しして、困ったみたいに皐月さんが言ってきた。
「お客さん相手に、そんな、喧嘩を売るみたいな」
「もちろんお客さんにそんなことやっちゃいけませんよ。ただ、クレーマーはお客さんのふりした犯罪者ですからね。そういうのには立ちむかう覚悟が必要だってだけです」
言って、あらためて俺はチラシに目を落とした。
「まあ、クレーマー関係の話は、実際には、ほとんど起こりませんから安心してください。それから、これは言葉のマジックではなくて、普通に確認して欲しいんですけど、この店、ラーメンは一・五玉で大盛り一〇〇円でしたよね? その一・五玉は中盛り一〇〇円ということにして、二玉で大盛り一五〇円にして欲しいんです。金額的にやばかったら大盛り二〇〇円でもかまいませんけど」
「あ、それは問題ないと思います」
この件には特に抵抗がないらしく、皐月さんが素直にうなずいた。
「二玉で大盛り一五〇円でも、たぶん、なんとか採算はとれると思いますし。でも、それはどうしてですか?」
「男ってのは意外に食うんですよ。まあ、女性も、男の目がないときは食いまくってるって聞いたことはありますけど。で、このへんは住宅街ですから、俺みたいな高校生も普通に住んでいます。そのなかでも、野球やったりラグビーやったりしてる体育会系の連中はいつも腹をすかせてますから。あの店に行ったらうまいものが景気よく大盛りで食べられるぞってなったら、自然とリピーターになってくれると思いますし」
「ああ、なるほど、そういうことですか。わかりました」
俺の説明に、皐月さんも納得してくれた。
「それから最後。『※昔懐かしい昭和を彷彿とさせる、レトロな飾りつけの店内で美味しいラーメンをお召しあがりください』――このチラシは叩き台ですけど、本物のチラシをつくるとき、この文章は絶対に入れてください」
「なんで?」
これは弥生さんの質問だった。
「これってべつに、ラーメンの味に関係ないじゃない。わざわざ言わなくたって」
「それを言う必要が、この店にはあるんだよ。皐月さんも弥生さんも、あたりまえに出入りしてるから、慣れちゃって気がついてないんだろうけど」
ちょっと言いにくい話なんだが、とりあえず俺は説明することにした。
「先週、俺がこの店を見たときの印象は、昔の映画にでてくる昭和の中華料理屋って感じだったんだ。話を聞いたら、本当に元は中華料理屋だったんだけど。で、はっきり言うけど、見た目が古めかしい。もちろん店のなかは綺麗に掃除されていて、埃がたまってるなんてことはなかったけど、そういう問題じゃないんだ。普通の人は、店に入る前の状態で、この店はずいぶん古いって考える。で、古めかしいイコール不衛生って考える人も多い。だから、そんなことは絶対にありませんってアピールは必要になると思うんだ」
「――あの」
皐月さんが柳眉をひそめて聞いてきた。
「このお店って、そんなに古い印象なんですか?」
「まあ、落ち着いた佇まいって言い方もできますけどね。少なくとも、この店とファミレスのどっちに入るかって話になったら、一〇〇人中九九人はファミレスって答えますよ。ただ、だからって、いまから改装工事をするってわけにも行きません。そんな予算もないだろうし。じゃ、どうするか? この店は、最初から、そういう演出で店のなかをまとめてるんだってことで話を押し通すしかないんですよ。それこそラ博の地下とか、あとは渋谷の唐そばをリスペクトしましたって感じで。だから、この店はレトロ仕様なんですよってアピールは必要になると思います」
俺は皐月さんと弥生さんを交互に見た。
「何か質問は?」
少し待ったが、ふたりとも黙っていた。
「ないようですね。ではチラシ作戦の第二ステップに入ります」
「え!?」
俺がナップザックに手を突っこみながら話をつづけたら、弥生さんが驚いたような顔をした。
「このチラシ作戦、まだあるの?」
「あたりまえだよ。これからチラシ作戦は毎月やってもらいたい。この店の定番のイベントだ」
俺はナップザックからつづきのチラシをだした。
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