その7

「ちょっと待って。じゃあ、黒ゴマのほうが、白ゴマより栄養があるってことになるじゃない」


「その通り。これ、ぶっちゃけると、メニュー開発のときに、白ゴマとんこつ坦々麺と、黒ゴマとんこつ坦々麺、ハーフ&ハーフとんこつ坦々麺の三種類をだしたら人気がでるんじゃないかって話をしていて、アピール文章を考えようと思ってネット検索をしてわかったことなんだよ。で、しょうがないから、白ゴマとんこつ坦々麺にはゴマ全体が持つ効能を書いた。だから『『ゴマには、ゴマリグナンという抗酸化物質が含まれていて』という書きだしではじまってるんだよ。『白ゴマには』とは書いてない。で、黒ゴマとんこつ坦々麺には、黒ゴマだけが持つ効能を書いてるんだ。あと、白ゴマのほうが風味豊かで、黒ゴマのほうが香り高いって情報も見たから、ハーフ&ハーフとんこつ坦々麺にはそれを書いた。おかげであの店では、ハーフ&ハーフとんこつ坦々麺が一番人気になってる。白ゴマと黒ゴマ、両方の栄養を摂取できて健康になれるってお客さんも勘違いしてるんだろうな」


 弥生さんがあきれたみたいな顔をした。


「そんなことやって恥ずかしいと思わないの?」


「いや、俺だって申し訳ないとは思うよ。ただ、とにかく嘘はついてない。それに、そういうことをやらないと店が潰れるって状態だったからな。で、あとで発覚しても訴えられないように、とにかく言葉は選んだ。あ、それから、あの店では、とんこつのことを漢字じゃなくて、ひらがなで書くようにしてる。豚って漢字を見たら、それだけで女性が嫌がるんじゃないかって思ってさ。そういう細かいところでも、いろいろ気配りはしてるんだ」


「すごいですね」


 皐月さんが感心したように言ってきた。


「見事に騙されました。こんなやり方があったなんて。これ、誰が考えたんですか?」


「俺ですけど」


 俺が自分の顔を指さしながら答えたら、皐月さんが目を見開いた。


「そうだったんですか?」


「あの店のメニューって、ほとんど俺が考えたもんなんで。先週、弥生さんから聞いたと思いますけど」


「それは――そうですけど。失礼しました」


 なんでか皐月さんが頭を下げた。


「あの、申し訳ありません。まさか、こんなことができる人だとは思ってなくて」


「俺は、この店でラーメン食べて金を払った、ただの客ですよ」


 言って、俺はメニューのコピーを手にとった。


「で、何が言いたいのかって言うとですね。これからは、こういう言葉のマジックを、この店でも使ってほしいってことなんです」


 俺は皐月さんと弥生さんの顔を交互に見た。――あ、やっぱりだな。なんとなく、納得がいかないって表情をしている。


「あの」


 想像どおり、皐月さんが困ったように声をかけてきた。


「そういうのって、やっぱり、過剰な宣伝の一部になると思うんですけど。それに私、きちんと私のラーメンを味わってほしいから。できればまっさらな状態で。だから、なんかあざとい感じがして」


 なるほどね。あざとい、か。


「まあ、皐月さんの言いたいこともわかります。ただ、こちらも、まだ言いたいことがあるんですよ。それを聞いて欲しいんです」


 俺はメニューのコピーをナップザックにしまい、つづいてスマホをだした。


「俺は先週、ラーメンを味わったし、聞きたいことは全部聞いたし、見たいものも全部見たつもりでした。で、そのあと、家に帰ってから、この店のことをスマホで検索したんですよ」


 俺はテーブルに置いたスマホを指さした。


「それでわかったんですけど。『中華 白桃』という店の情報はでてきました。ただ、『ラーメン専門店 白桃』では、何も情報がでてこなかったんです。で、俺も、あれ? まだ何か確認しなくちゃいけないことがあったかな、と思いまして」


 俺は皐月さんを見すえた。


「ひょっとして皐月さん、この店が中華料理屋からラーメン屋になったことを周囲に告知してなかったんですか?」


「――え? あ、そういえば」


 俺の質問に、少し考えてから皐月さんが返事をした。


「えーとですね、確か私、自分のお店を持てたことがうれしくて。それで、自分の味を追求しようとして。で、前の店長は、煮干しと鰹節と昆布を買ってなかったから、私が調べて、取り引き先を見つけてきて。それから、自分のラーメンの味を研究して――」


 自分のやってきたことを思いだすように言ってから、皐月さんが俺のほうを見た。


「そうですね。それしかやってませんでした」


「あー、なるほどね」


 俺は腕を組んだ。自分の店が持てて感動して舞いあがって、肝心なところを見過ごしていたわけか。


「申し訳ありませんけど、皐月さん、そりゃ、お客さんが減って当然ですよ」

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