その6
「いまだに勘違いしてる人がいるんだけど、コラーゲンっていうのは、人間が自分の身体のなかでつくりだすものであって、外側から摂取しても、胃液で分解されて、アミノ酸の粒になって、それから腸で吸収されるもんなんだ。つまり、赤身肉を食べても、コラーゲンを食べても、体内に入ってくる栄養は同じってことになる」
「「は?」」
意外そうな声をあげたのは弥生さんだけではなかった。皐月さんもである。こちらも知らない人だったか。
「そうだったの?」
「そうだったんですか?」
ふたりして訊いてくる。俺はうなずいた。
「まあ、運動した直後だと、特別に、コラーゲンをコラーゲンのまま吸収する、なんて学説もあるらしいんだけど、基本的には意味がないってされているんだ。その証拠に、菜食主義の人は野菜と穀類ばっかり食べていて、コラーゲンとは縁が無いけど、じゃ、特別に肌がガサガサかって言うと、そんなことはない。これは、コラーゲンが体内でつくられているからで、外部から摂取する、しないは関係がないからだ。――こんなふうに言われていて」
「――あ」
少しして弥生さんが驚いた顔をした。言われてみれば、いま気づきましたって感じである。
「ちょっと待ってよ伸一くん」
弥生さんが怒ったみたいにメニューを指さした。
「じゃ、これ、詐欺じゃないの。美容に関係ないんだったら、こんな――」
「美容にいいなんて書いてないけど」
俺が言ったら、弥生さんが、不機嫌そうにメニューを見返した。
「あ、本当だ」
「そこに書いてあるのは、豚骨スープの濁りはコラーゲンってことと、栄養たっぷりってことだけだ。ついでに言うと、栄養たっぷりも嘘じゃない。胃液で分解されて、アミノ酸の粒として吸収されるんだから。で、アミノ酸を摂取している以上、カロリーはあるってことにある。そういうものを食ったら普通は健康になるから。おいしく食べて健康になりましょうって言葉も事実になるんだ。広告詐欺は一切してないんだよ。あとは、読んだ人間が勝手に勘違いしたってだけの話になるな」
ここまで説明して、俺は弥生さんと皐月さんを交互に見つめた。
「俺の言葉に、何か問題になるところはありましたか?」
少しして弥生さんと皐月さんが口を開いた。
「――ない。すっごくずるいとは思うけど」
「とりあえず、悔しいけど、何も反論できません」
「そりゃよかった。じゃ、次。下のほうの、とんこつ坦々麺のアピール文章。これも同じく、言葉のマジックが使われてるんだけど、わかるかな」
「えーと」
弥生さんが興味深そうにメニューをのぞきこんだ。興味がでたのか、間違い探しのクイズを見るような顔つきである。
「あー駄目、わかんない」
すぐに顔をあげた。あきらめるの早いな。
「これ、嘘はついてないんだよね?」
確認してくるから俺はうなずいた。
「事実しか書いてないよ」
「じゃ、どこにマジックがあるの?」
「種明かししていいかな?」
「うん」
「はい」
ふたりの返事を確認してから、俺は白ゴマとんこつ坦々麺のアピール文章を指さした。
「ここに書いてあるゴマリグナンって成分、白ゴマにも黒ゴマにも、どっちにも入ってるんだ」
「「は?」」
「もっと言うと、白ゴマと黒ゴマって、成分はほとんど変わらない。唯一、黒ゴマにはセサミンやアントシアニンが入ってるってだけなんだ。これはポリフェノールの一種で、黒ゴマの色はこれが由来だって言われてる」
あらためて弥生さんがメニューを目をむける。俺の言ってることを確認してるらしい。
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