その5
2
「正直に言うと、私、伸一くんのことを軽く見てた」
停留所でバスを待ちながらスマホをいじる俺に声がかけられた。顔をあげると、弥生さんがいる。俺と一緒に「白桃」をでてきたらしい。
なんだか、いままでと、俺を見る目が違うような気がした。
「軽く見てたって、何を?」
俺は視線をスマホに戻しながら聞いてみた。――ふうん、ここから五〇〇メートルくらいのところに商店街があるのか。広告代理店もあるみたいだな。これは使えるかもしれない。
「だって、お姉ちゃんと、あんなに専門的なラーメンの話をしてさ。ラーメンって奥が深いんだって、私、びっくりした。お姉ちゃんも伸一くんに敬語を使ってたし。これは信用してもいいって思ったんじゃないかな」
スマホをいじる俺の横で、弥生さんが言ってきた。皐月さんが俺に敬語を使ったのは、俺がラーメンを食って金を払ったお客さんだからなんだが、これは黙っておくべきだろう。勘違いさせておいたほうが、弥生さんも俺の言うことを聞く。軽く見られたままだと、俺が正しいことを言っても無視される危険があるからな。
「まあ、ラーメン好きなんてこんなもんだよ」
俺はスマホをポケットにしまった。バスがきたので乗りこむ。弥生さんもあとにつづいた。
それはいいんだが、特に話すことはない。というか、俺はこれ以降の計画を具体的な形にしなくちゃならないし、忙しいのだ。
「じゃ、また、学校で」
で、あっという間に一週間が経った。
「えー、こんにちは。またきました」
先週と同じく、俺は休憩中の「白桃」へお邪魔した。今日も弥生さんが一緒。なんでか弥生さんが、今日も一緒に行くって言いだしたのである。まあ、皐月さんとふたりだけだと息が詰まりそうな気もするから、これはありがたい。
「いらっしゃいませ」
先週と同じく、皐月さんがあいさつしてきた。
「じゃ、早速ですけど、とりあえず、またラーメンいただけますか?」
言いながら俺はカウンターの席に着いた。弥生さんも隣に座る。
「あ、はい。あの、今日は」
「塩ラーメンと、あとは半チャーハンでお願いします」
「じゃ、私も」
隣に座った弥生さんも同じ注文をした。
で、先週と同じく、しばらく待っていたら塩ラーメンがきた。
「お待たせしました。半チャーハンも、すぐに持ってきますので」
「どうも。いただきます」
で、スマホで写真を撮ってから食べてみた。――なるほど、先週、レシピを見たときからわかっていたが、隠し味に白醤油を使ったりはしてないな。発酵調味料の香りはない。そして塩分は薄め。皐月さんも言っていたが、これで油が浮いてなかったら、確かに上質なお吸い物という印象を持たれても仕方がなかっただろう。
十五分後、最後までスープを飲み干し、半チャーハンも食べ、俺は手を合わせた。
「ごちそうさまでした。先週と同じで、丁寧な出汁のとり方をしていたから安心しました」
俺が言ったら、皐月さんが不思議そうにした。
「タレが違うだけで、出汁は同じものを使っていますから、そこは同じで当然だと思いますけど」
「世のなかには、そうじゃない店もありますからね」
味がブレてないってことは、それだけ皐月さんの腕がしっかりしてるってことだ。チャーハンもパラパラしていたし。そのへんのレベルアップは、とりあえずは考えなくていいってことになる。チャーハンにマヨネーズは使っていなかったようだから、これはあとで言っておかなければならないが。
重要視するのはそれ以外の店だった。
「じゃ、お勘定を」
レジでお金を払ってから、俺は背負っていたナップザックを降ろし、あらためて店内の椅子に座った。今度はカウンターではなくて、テーブルの椅子である。そのまま、皐月さんと弥生さんを手招きする。
「ちょっと、きてもらえますか」
皐月さんと弥生さんが素直に従った。俺のむかいの椅子に座る。
「いまから簡単な講義をします。まず、これを見て欲しいんですよ」
言って、俺はナップザックからコピーした紙をだした。
「これは、俺が普段バイトしてる豚骨ラーメン屋のメニューです。店長に許可をもらって、コピーしてきました」
「はあ」
「あー、あの行列のできていたお店の奴ね」
皐月さんと弥生さんがコピーを受けとった。
「で、これは、俺が言葉のマジックって勝手に呼んでる奴なんですけど。頭のところのここと、それから下のほうのここ、読んでみてください」
俺が指さした場所には、こういう文章が書かれていた。
『とんこつスープの白濁した濁りの成分はコラーゲンです。栄養たっぷり。おいしく食べて健康になりましょう』
『白ゴマとんこつ坦々麺・ゴマには、ゴマリグナンという抗酸化物質が含まれていて、有害な活性酸素の働きを抑え、老化防止に有効と言われています』
『黒ゴマとんこつ坦々麺・黒ゴマに含まれているセサミンやアントシアニン、ビタミンEには動脈硬化の予防効果が期待されています』
『ハーフ&ハーフとんこつ坦々麺・白ゴマとんこつ坦々麺と、黒ゴマとんこつ坦々麺のブレンド。風味豊かな白ゴマと、香ばしい黒ゴマの両方が味わえます』
これを読んだ皐月さんと弥生さんが顔をあげた。
「なんだか、読んだだけでおいしそうですね」
「豚骨スープってコラーゲンだったんだ。いいわね。私、これから毎日食べようかな」
「それは美容のために?」
うれしそうにする弥生さんに俺は聞いてみた。弥生さんが笑顔でうなずく。
「だって、コラーゲンって言ったらさ」
「はい、もうここで騙されてるんだよ。言葉のマジックで」
これ、言っちゃっていいのかなとは俺も少し思ったが、とりあえず種明かしをすることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます