その4

「実はそれ、私の完全なオリジナルかっていうと、少し違うんです」


「あれ。じゃ、誰かに教わったんですか?」


「あ、誰かに教わったってわけでもないんです」


 さっき、ほかのお店の味に染まりたくないって言ってはずなんだが。妙に思って訊いたら、皐月さんがどっちも否定した。


「実を言うと、ラーメンについて本格的に勉強しようと思って、ネットを検索していたら、売れているラーメン職人さんのレシピが載っているムック本を見つけたんです」


 皐月さんが説明をはじめた。


「で、それを買って読んでみたんですけど、売れているラーメン職人さんも、やっていることが少しずつ違ってて。だから、とりあえず、どこのラーメン職人さんも同じようにやっていることを箇条書きにして、その平均って言うか、最大公約数のようなレシピをつくって、それを元にして、豚骨、鶏ガラ出汁をとってました」


「ああ、なるほど」


 なんだかずいぶんと豚骨、鶏ガラのあつかいが丁寧で、臭みも雑味もないと思っていたら、それでか。化学調味料不使用なのも、その流れだったんだろう。


「すると、こっちの、煮干しと鰹節の出汁は、皐月さんのオリジナルなわけですか」


「あ、それもですね。和風出汁や、かけうどんの出汁のとり方をネットで検索して、そのなかから、特に鰹節の割り合いの多いレシピを元にしています。あと、醤油ダレは、同じく検索したら、やっぱり煮干しや鰹節を使うレシピがでてきたんですけど、それだと和風出汁の材料とかぶっちゃうんで、それじゃなくて、昆布醤油のつくり方を参考にしました」


「ふむふむ。いろいろ工夫してるんですね」


「ただ、それで実際にダブルスープをつくってみたら、どうしても和風出汁が豚骨、鶏ガラ出汁に負けちゃうんで、それで追い鰹出汁を意識して、鰹節をトッピングしてるんです」


「あ、そういうことでしたか。わかりました。で、さらに質問です。皐月さんは魚介が好きだって言ってましたよね? 特に鰹節が。ただ、このレシピを見ると、使われている魚介は煮干しと鰹節、昆布だけです。ほかにもいろいろ使ってみたいと思いますか? たとえばエビとか貝とか」


「それは――」


 皐月さんが、少しだけ口を閉じた。


「もちろん使ってみたいとは思います。でも、いまの経営だと、とてもそこまでは手がでなくって」


「まあ、それは仕方がないでしょうね。だから俺が呼ばれたんだし。――ただ、来月、いきなり潰れたりはしませんよね? 最低でも、あと二、三ヶ月は持ちこたえられるって思っていいですか?」


「あ、はい。それは、さすがにそこまでピンチじゃありませんから」


「安心しました。じゃ、言います。このお店のテコ入れの話なんですけど――」


 俺が切りだしたら、カウンター越しの皐月さんと、隣に座っていた弥生さんが、真顔でグッと身を乗りだしてきた。


「ああ、ちょっとストップ。テコ入れの話なんですけど、と言うか、聞いて欲しいんですけど。実は、言いたいことはきちんとあるんですけど、用意しなくちゃならないものもあるんです。だから、今日は無理です。で、俺は普段学生で、平日は学校、土曜日はバイト。だから、来週の日曜日の、やっぱり午後二時一〇分くらいに、用意できるものを用意して、ここにきます。それでいいですか?」


 俺の発言が予想外だったのか、皐月さんが驚いた顔でうなずいた。


「ああ、はい。そういうことでしたら」


「じゃ、レシピはお返しします。とりあえず、今日はもう帰りますから。あと一週間、なんとかがんばってください」


 皐月さんにノートを渡して、俺は立ちあがった。


「じゃ、失礼します」


「あ、あの、ありがとうございました」


 皐月さんの言葉を背中で聞きながら俺は店をでた。

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