第一章
その1
1
「あ、いたいた。こんにちは鈴池くん」
日曜日、駅前で暇つぶしにスマホでラーメンランキングを見ていたら、聞き覚えのある声が俺の名前を呼んできた。顔をあげると、私服の大泉さんがいる。
「こんにちは。――へえ」
あいさつをしてから、なんとなく、俺は大泉さんの服を上から下まで眺めた。お嬢様っぽいワンピースである。いやらしい意味で見たわけじゃないんだが、大泉さんが、少し緊張した顔つきであとずさった。
「ななな何? どこかおかしかった?」
「いやべつに。学校じゃ、いつも制服だから。そういう私服が趣味なんだなって思っただけだ。よく似合ってるよ」
本音半分、社交辞令半分で言ったら、大泉さんがうれしそうにした。
「だったら、うん。ありがとう」
「じゃ、行こうか。そのラーメン屋って、すぐそこなんだけど」
行って俺は歩きだした。
「ただ、ラーメン屋に行くって格好じゃないかもな」
ここで、俺も余計な一言がでてしまった。俺の横を歩く大泉さんがちょっと意外そうな顔をする。
「ラーメン屋さんに行く格好って、どんな格好?」
「動きやすい格好か、そうじゃなかったらスーツ姿とか。いまの大泉さんの服は、ファミレスとか喫茶店に行く女の子の格好に見える。――いや、いまのは訂正。偏見で物を言ってたな」
俺も考え直した。ショッピングモールにあるイートインコーナーでは、シャレた服を着てラーメン食べてる女性お客さんも珍しくない。これは失言だった。
「ごめん。さっきの言葉は忘れてくれ」
「あ、うん。じゃ、私も言うけど、鈴池くんも、ラーメン好きって感じじゃないね」
今度は俺が意外そうな顔をしたと思う。
「俺って、ラーメン好きに見えないか?」
「だって痩せてるもの。ラーメン好きって、なんか、こう、相撲とりみたいなイメージが」
俺以上の偏見で言ってきた。いまでもそういうふうに思う人が居るのか。
「まあ、世のなか、そんなラーメン好きばっかりじゃないから。それに、俺は普段から運動してるし」
「へえ、どんな運動?」
「朝、学校に行くとき、家から駅まで、バスを使わずに走ってるんだ。あと、帰りも。PASMO代は節約できるし、運動してるから身体は健康になるし、腹は減るからラーメンはうまいし、将来のメタボ予防にもなる。いいこと尽くめだよ」
「ふうん」
あたりまえのことを言ったつもりだったんだが、大泉さんは感心したような顔をした。
「鈴池くんって、いろいろ考えてるんだね」
「なるべく健康で、なるべく長生きして、なるべくうまいものを食べたいからな」
言いながら俺は駅前の通りの角を曲がった。ここからは繁華街である。俺が行く店は「とんこつラーメン ひずめの足跡」という名前だった。――それはいんだが、店の前に列ができている。そういえば、今日は第四日曜日だったっけ。まずったな。俺の横で、大泉さんが驚いたように目を見開く。
「へえ、ここ? 本当に繁盛してるんだね。列ができてる」
「今日は特別なんだよ。普段からこうってわけじゃない」
「とんこつラーメン ひずめの足跡」は毎月第四日曜日に、お客様感謝デーとして、おつまみチャーシュー五〇〇円のところを四〇〇円で販売とか、半ライス無料とか、替え玉一杯無料なんてサービスをしているのだ。これをやると、その日一日、どっとお客さんがくる。
「あの、すみません」
俺は並んでいるお客さんたちに会釈しながら前を歩いて、そのまま店に入ろうとした。
「おい、そこの彼氏さん、ちょっと待てよ!」
いきなり声をかけられた。たぶん俺のことだろうと思って振りむくと、列に並んでいたお客さんが、眉をひそめて俺をにらんでいる。なんだ? なんで敵意に満ちた目をしているのか理解できない。
「なんですか?」
「なんですかじゃねえだろうが! この列を見ろよ。何を割りこんで店に入ろうとしてるんだ!? 非常識なことやってるってわからねえのかよ!」
「あ、そうか。すみません」
そういうことか。怒鳴られた勢いに飲まれて俺も謝ってしまった。
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