ラーメン屋さん立て直し奮闘記

渡邊裕多郎

序章

序章

「あのさ、鈴池くん」


 金曜日の放課後、今日はどの店でラーメンを食おうかな、と思いながら教室をでた俺に声がかけられた。女子の声である。なんだと思って振りむいたら、同じクラスの大泉さんが立っていた。髪はポニーテールで顔立ちは整っている。パッチリした瞳がこっちを見ていた。


「何?」


 普段、仲良く話をした記憶はないんだが。なんだいきなりと思いながら返事をしてみた。大泉さんが真剣な顔で俺を見つめてくる。


「あのさ、鈴池くんって、ラーメンに詳しいんだよね?」


 なんだか、返事に詰まるような質問をしてきた。


「えーと、好きか嫌いかって聞かれたら好きだけど、あんまり詳しくはないと思う」


 俺より詳しい奴なんて、日本中に山ほどいるし。とりあえず誤解されないように言葉を選んで返事をしたら、大泉さんが、ちょっと困ったように眉をひそめた。


「だって、おいしいラーメン屋さんの本とか、そういうのをいつも読んだりしてるじゃない。あと、スマホでも、ラーメン屋さんの情報を調べてるんでしょ? それから、今日の夕飯はどのラーメン屋にしようかな、なんて言ってるし」


「あんなの普通だと思うけど」


 というか、今日もラーメン屋で夕飯を食べる予定だったんだが。だいたい俺は、大泉さんみたいな、学校でも結構人気のあるリア充美少女に話しかけられるような奴じゃない。今日はなんなんだ。


「俺、もう行っていいかな?」


「あ、じゃあ、下駄箱まで、ちょっと一緒に」


「そりゃ、まあ」


 どうせ方向は同じだ。階段まで歩きだした俺の横を、大泉さんが並んで歩く。


「それで、鈴池くんって、ラーメンが好きで、あちこちのラーメン屋さんによく行くみたいなんだけど、そういうラーメン屋さんのなかで、仲がいい店長さんって、いる?」


 おかしなことを訊いてくる。俺は少し考えた。


「普通に世間話をする店長くらいはいるけど」


「あ、そうなんだ。よかった。それで、そこのラーメン屋さんって、繁盛してる?」


 あらためて、俺は考えた。


「まあ、一応は」


「そのラーメン屋さんの店長さん、紹介して欲しいんだけど」


「は?」


 階段を下りながら、俺は横を見た。大泉さんは大真面目な顔でこっちを見ている。


「なんでまた?」


「それは――」


 不思議に思って訊いた俺に、大泉さんが少し考えるように首をかしげた。


「あの、鈴池くんが本当にラーメン屋さんの店長を紹介してくれたら、そのときに話すから」


「あそ」


 大泉さんが話したくないなら、俺も聞かないでおこうと思った。特に興味がある話ってわけでもない。


「じゃあ、そうだな。俺、明日の土曜日はバイトがあるから、その日はなしにして、日曜日の昼に、仲がいいラーメン屋へ行くってことで。それまでに、俺も店長に話を通しておくから」


 言ってから、俺は念の為に確認しておくことにした。


「ところで俺、下の名前は伸一って言うんだけど」


 下駄箱で靴を履き替えながら言ったら、大泉さんが、ふうんって顔をした。


「そうだったの」


 やっぱり知らなかったか。


「大泉さんは?」


「私は弥生」


「じゃ、大泉弥生さん、日曜日の朝、連絡するから。連絡先、いい?」


 言って俺はスマホをだした。メルアドを交換して、そのままわかれる。


 校門をでてラーメン屋まで歩きながら、俺は首をひねった。下の名前も知らない奴に話しかけてくるなんて、どんな用があるんだろうか。


 まあ、とりあえずは日曜になってからだった。

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