その2
「ただ、あの、それ、誤解なんです」
なるべく問題にならないように、俺は丁寧に説明することにした。
「わかってほしいんですけど、俺、お客さんじゃないんです。ここでバイトしてる従業員で。今日は店長に用があって、それで店に入ろうとしていただけなんです。列に割りこんでラーメン食おうと思っていたわけじゃないんで。あのー、納得してくれませんか?」
俺の説明に、殺気だった顔をしたお客さんが、なんだって顔になった。
「そういうことか。ごめんよ。――でも、従業員? 俺の知ってる顔じゃないな」
「あ、お客さん、常連さんだったんですか。俺、毎週土曜日しかバイトしてないもんで。それでかもしれません」
「あ、そうだったのか。俺、いつも日曜日にくるから」
「そうでしたか。これからも、よろしくお願いします」
言って俺はお客さんに頭を下げた。あらためて頭をあげて、ほかのお客さんたちを見ると、いまの会話が聞こえていたらしく、みんな、特に文句は言いませんって表情をしている。
「じゃ、失礼します」
言って俺は背をむけて、「とんこつラーメン ひずめの足跡」に入った。
「ちょ、ちょっと鈴池くん」
ここで、もう一度声をかけられた。今度は大泉さんである。目をむけると、なんだか焦った顔をしていた。
「私、言ったよね? 仲のいい店長さんを紹介して欲しいって。それなのに、ここでバイトしてるって。それ、仲がいいんじゃなくて、雇われてるってだけじゃない。話が違うんだけど」
「あ、大丈夫大丈夫。本当に仲いいから」
「はい、いらっしゃいませー。――じゃなくて、伸一くんだったか」
声をかけた店員の山田さんが、俺を見て笑顔になった。
「ちょっと待っててくれ、いま店長を呼んでくるから」
「あ、お願いします」
俺の返事を聞いた山田さんが背をむけて厨房のほうへ入っていった。
「ここの店長って、俺の親戚なんだよ」
待っている間に、俺は小声で大泉さんに説明した。これで大泉さんも納得した顔になる。
「そうだったの。私、知らないからびっくりしちゃった。じゃ、仲が良くてあたりまえだよね。――でも、鈴池くん、このお店じゃ、伸一くんって呼ばれてるの? なんだかかわいいね」
「店長も俺と同じで鈴池って苗字だから。それで、まぎらわしいから俺は下の名前で呼ばれてるってだけだよ」
「あ、そうか。そりゃそうだよね。――でもさ、ここで働いてるんだったら、お客さんの列に割りこむみたいな形で入るんじゃなくて、裏口から入ればよかったんじゃない?」
「俺は従業員だけど、君はそうじゃないだろう。そういう人間を裏口からいれるってわけにはいかないから」
「あ、ありがとう」
礼を言ってくる大泉さんを見ながら、ラーメン屋に裏口があることくらいは知ってるんだな、と俺は思った。
「お待たせ、伸一くん」
ここで違う声がした。顔をむけると、店長の朱美さんがいる。朱美さんは朱美さんで、俺を見て驚いた顔をした。
「学校の同級生だって聞いてたけど、女の子だとは思わなかった。ひょっとして、伸一くんの彼女?」
俺と大泉さんを交互に見ながら訊いてくる。俺の横に立っていた大泉さんが赤い顔でうつむいてしまった。
「ただの同級生ですよ。それより、いいですか?」
「あ、わかってるから」
言って朱美さんが厨房のほうをむいた。
「じゃ、私、ちょっと休憩に入るから! あとはよろしくね!」
「はいっすー」
ほかの店員さんたちの返事を聞いて、朱美さんが店の奥へ入っていった。俺たちもあとにつづく。
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