第16話 『幕間』

 その夜、ミトは夢を見た。

 幼少の頃より、度々見る、同じ夢。


 夢の中で、ミトは灯りの少ない回廊をひたひたと歩いている。

 ほのかに明るい、真っすぐに伸びるその回廊は、決して恐ろしい場所ではなかった。

 初めて、この夢を見たのはいつの頃だったのか。ほんの十数年前のことなのに良く思い出せない。


 ミトは、都の東に位置する大きな城下町で生まれた。森に囲まれた自然豊かなその土地で、彼女は数年を過ごす。

 その後、兄様を始めとした同胞たちと共に、都に移り住むことになったのだ。


 生まれた時より、都に住んでいたのではないことを、今いちど緩やかに思い起こす。

 それと共に、初めて都に来た日をぼんやりと思い浮かべ、その時、今までにない高揚感を感じたことも思い出した。

 初めて、この夢を見たのは、きっとその時だ。ミトは確信する。その後、節目節目で幾度か見ることになる夢を。


 最初の頃は、怖くはないが、一人きりが心細かったのは覚えている。

 次第に慣れてくると、回廊を照らす灯りの数も増え、微かだが、奥から自分を呼ぶ声も聴こえてくるようなった。

 空耳のようなその声は、優しく彼女に呼びかける。よこしまなものは何一つ感じない、不思議な響き。

 その声に誘われるまま、奥へ奥へと回廊を進む。そして、しばらくく歩いていると自然と目が覚めるのだ。


 思えば、この旅に出たのは、度々見るこの夢に背中を押されたからに他ならない。あの声は、自分を呼んでいる。

 次こそは回廊の奥にまで辿り着き、その先の景色を見たいと願う。目が覚めた時には、胸の鼓動は高まるばかり。


 そう言えば、今夜の夢に出てきた回廊は、一段と明るかった。板張りの床の木目が判るくらい。

 そして、今まで見ることのなかった、回廊の最奥、遠くの方に、扉らしきものまで見えたのだ。


 きっと、夢は暗示している。

 冒険の旅に出ろ。

 そうに違いない。

 きっとそうだ。

 そうで決まった。


 自分の思いに満足したミトは、ひとり微笑むと、寝返りを打って布団を被り直す。


 夜明けにはまだ遠い。鳥たちもまだ騒ぎ出してはいない。

 庭で獣か何かが動く気配はするものの、危なげなものは感じない。

 草や木の揺れる音からも、何かをいましめるしらせは発してはいなかった。


 心の中に浮かぶのは、これから始まる旅への想い。そして膨らむ期待。

 何か不思議と安らかな気持ちに包まれて、ミトは再び瞼を閉じたのだった。



  ○ ● ○ ● ○



「今回は俺の負けだ。仕方がない。お前のはかりごと、乗ってやる」


 庭に潜む人影は、手のひらに乗せた式に囁き、指でそれを撫で、息を吹き込む。

 途端に式は、一羽の小鳥に姿を変えて、まだ陽の昇らぬ東の空へ飛び立っていくのであった。

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