第14話 『ところで、これからどうすんだ、お前さん』

「貴様は先ほどから、何をしているのだ。刀に向かって、ぶつぶつと一人言を」


 気味が悪い——。とばかりに眉間を皺を寄せるジュウベエが、そこに立っていた。


「うわっ。お前さん、いつからそこに」


 ここまで襟首を掴んで引きずってきたのであろう、拳銃の若旦那をどさりと放り捨てる。


「貴様が、刀を折ろうとしていた辺りからだが」


 決まり悪そうな顔で、顎の無精髭を撫でるハンゾウ。ジュウベエの視線が痛い。


「それじゃ、殆どハナっからじゃねぇか。人が悪いなぁ」


 そう言ってから、はたと何かを思いついた顔で、ジュウベエにウツホラキリを差し出した。


「お前さん、こいつをどう思う」


 ジュウベエは、抜き放ったウツホラキリを軽く振ったり、突きの動作をしてみたりしている。

 目の位置まで持ち上げ、柄の方から切っ先へと視線を走らせる彼に、ハンゾウは問うてみた。


「どうだ。抜いた途端、妙な気分になったりはしないか」


 ウツホラキリを鞘に納めながら、鹿爪しかつめらしい表情でジュウベエは答えた。


「ふむ。脇差しよりも短く、鎧通しよりも長い、不思議な長さだが良い刀だ」


「お前さんには、それが本当に刀に見えるのかい」


「うむ。やいばに曇りも欠けもない。柄もしっかりしているし、目釘の弛みもない。良く手入れされている」


 ハンゾウは、彼の持っている鍔のない合口拵あいくちこしらえの、一見黒い木刀にも見える刀と、ウツホラキリを見比べる。


 こいつは、元々刀だったっていうのか。それが包丁として使われているうちにツクモガミになっちまったってことなのか。

 それをまた、本来の刀の姿に戻したいヤツがいる。しかも鍛錬も何も積んでないやつにさえ、『力』を与える妖刀として……。


「何か変な声が聞こえてきたりしなかったか。そう言えば、斬撃も出てねぇみたいだな」


「斬撃か。だが斬撃は刀が飛ばすものではないぞ。研鑽の結果だ」


 そう言ってジュウベエは、ウツホラキリを返すと、腰の刀を鞘に納めたままで一閃。ハンゾウの背後の庭木の枝が、どさりと落ちた。


「はっはっはっはっは。おまえさんは、ほんとにすごいよ。そんなに『力』があるようには見えねぇのによ」


「刀というものは力任せに振るえば、それで良いという訳ではない」


 ジュウベエは、いつもの鹿爪しかつめらしい表情を崩さず、また、にこりともせず、こともなげにそう答える。

 笑顔だったハンゾウも、その口元だけに笑みを残し、真顔に戻ると、腰の後ろにウツホラキリを差した。


「さて、そいつはまだ生きてるのか」


 転がっている若旦那を見て、ハンゾウはジュウベエに尋ねる。


「ああ、両の手の甲を砕いた故、二度とこの銃とやらは握れまいが」


「ありがてぇ、これでコイツの取り調べもできるってもんだ」


 さっそく手慣れた調子で若旦那を縛り上げ、手代と一緒に並べて転がした。


「これが、この男の持っていた得物だ」


 ジュウベエは、三挺の拳銃を懐から取り出すと、ハンゾウに放って寄越す。


「げっ、コイツ三つも持ってやがったのか。よく無傷で戻れたな」


「なに、この男は手や目の動きで、狙いや、撃つ瞬間が明らかだったからな。かわすことなど雑作もない」


「にしても、お前さん、結局刀は抜かなかったんだろう」


「弾は真っすぐ、こちらに向かってくるのだ。弧を描いて飛んで来る矢よりも、余程見当が付けやすい」




 ハンゾウは受け取った拳銃を、ひとつずつあれこれと検分する。


 こいつからは妖しい気配は何も感じねぇ。ただの道具だ。とすると、この男のやったことは自らの意思ってことになる。

 金に目が眩み、誰かに唆されて本分を忘れた手代に、民なき国は意味がないことに気付かないバカ殿の末裔。


 まあ要するに、どちらも良くいる悪党どもだったってことにしておこうか。今のところは、それで充分だろう。


 だがやはり何かが引っ掛かる。ウツホラキリのこともあるし、これは一度しっかりと鑑定してもらった方が良さそうだ。


 やっぱり俺や、が心配してた通りの事が起こり始めてるのか——。


 去来する疑念を首を振って追い払い、ハンゾウは珍しそうに拳銃を眺めていたジュウベエに声を掛けた。


「コイツは危ないんで、俺が預っとくことにするぜ。ちょっくら調べてみてぇこともあるしな」


 そう言って、ハンゾウは拳銃から慣れた手付きで弾を取り出し、三挺とも背負っていた背嚢の奥へと押し込む。


「さて、そろそろお嬢ちゃんを迎えにいってやるか。大人しくしてればいいんだが……。まず無理だろうな」


「ふむ、さもありなん」


 庭に佇み、ミトがいるであろう方角の空を見上げたふたりの頬を、夕暮れの風が優しく撫でていった。



  ○ ● ○ ● ○



「うわあっ、なんだこりゃあっ」


 その光景を見たハンゾウは、思わず大きな声で叫んだ。


「うむ、さもありなん」


 ジュウベエは至って落ち着いた様子で、いつもの鹿爪しかつめらしい顔を崩さない。


 赤い夕陽が辺りを照らす中、ある一点を中心とした謎の人の環。

 無駄にキレイな同心円を描くように並んで、皆眠り込んでいた。


 大外の環は、若手であろう冒険者たち。みな何かから後ずさりしているかのように仰向けに向けて倒れている。


 真ん中の環には、中堅どころらしい冒険者たちが揃っていた。何故か皆一様に両手を上げ、前のめりに倒れていた。


 最前列には件の公儀護衛官、中年武士が三人揃って、なんとも美しい土下座を、これでもかと決めたまま眠り込んでいる。


 そして、環の中心にはミトがいた。


 彼女は走り出した直後にパッタリと倒れたような、不思議な格好で気を失っている。

 というより寝ていた。可愛らしい寝顔と、可愛くないイビキとともに。


 ミトの周辺を調べていたハンゾウは、ふいに大声を上げて笑い出した。

 倒れているものを順に介抱して回っていたジュウベエは、笑うハンゾウに訝しげな表情で近づく。


「いや、原因が判ったぞ。こりゃ、あの閃光弾を使ったんだ」


「閃光弾というと、目眩しに使うものだろう。それだけで、こんな風になるものなのか」


 日頃から刀一筋で、こういった小細工には、とんと疎いジュウベエは訝しげな表情を深めた。


「ああ、あれは特別製でね。中には炸裂と同時に発動する、眠りの術を仕込んでおいたんだ」


「そんな怪しげなものを、このむすめに与えていたのか」


 訝しさを通り越し、呆れ顔となったジュウベエに、ハンゾウは胡散臭くも涼しい顔で答える。


「より安全に逃げられるように、山の民ドワーフの腕利き職人謹製の逸品だったんだが」


「使った本人まで眠り込んでいるではないか」


「閃光弾ってのは、光で目を眩ませるもんだ。普通は投げたら、光に背を向けるもんなんだがな」


「このむすめは光に向かって飛びだした、ということか」


「おそらくな。眠りの術も光を見た者に効くようになってた筈だ」


「ふむ、おおかた娘が何かやらかしたのだろう、とは思ってはいたが」


 顔を見合わせて、苦笑いをするふたり。ミトは気持ち良さそうな寝顔を見せていた。


 倒れていた者たちも概ね息を吹き返し、ハンゾウは労いの言葉を掛けて周っている。

 最後に、彼は公儀護衛役と何か話すと、お互いに深々と頭を下げ、こちらに向かってきた。

 護衛役たちも、号令のもと冒険者たちを率いて、ぞろぞろと何処いずこかへと去っていった。


 いつまでも目を覚まさないミトを介抱していたジュウベエだったが、仕方なさそうに彼女を背に背負う。

 まるで仔猫でも抱き上げるかのように、ひょいとミトも持ち上げたところで、折から近づいてきたハンゾウに声を掛けた。


「貴様、公儀の役人に頭を下げさせるなど、見かけによらず余程偉いのだな」


「今回は俺が依頼者だったっていうだけさ。所詮しょせん俺は、半端者のハンゾウだよ」


「だが、仕える主がいるというのは武士の誇り。羨ましい限りだ」


「ははっ、俺の上役ってのは、ホント、ロクでもないやつだけどな」


「だが、正しいことを為そうとしているようだ。性分には目を瞑っておけ」


「人ごとだと思って、よく言うぜ。でもまぁ、大体のとこは当たってるか」


 歩き始めるハンゾウに、何となく横に並び、歩みを揃えるジュウベエ。


「ところで、これからどうすんだ、お前さん」


 ハンゾウの言葉は、己の身の振り方までも問われた。そう考えたジュウベエの心は、少しだけ波打つ。


「今朝がた、お前さんたちに出会った宿場に宿を取ってあるんだ。良かったら一緒に来ないか」


 心配していたのは、今夜の宿であったハンゾウに、鹿爪しかつめらしい表情を、ほんの少し緩めるとジュウベエは答えた。


「この娘のこともある。ありがたく参ろう」


 まだうっすらと明るい、初夏の夕闇の中、三人は道を急ぐ。

 とは言ってもミトだけは、ジュウベエの背中で、すやすやと健やかな寝息を立てていたのであった。

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