第9話 『さぁ、嬢ちゃん、お仕事の始まりだ』
「ときに嬢ちゃんは、さっきから何をやってるんだ」
ふたりが、先ほどから妙に静かなミトを見やる。
「いやー、余っちゃうともったいないからねー」
ミトは、せっせと残りの握り飯をふたつに割ると、小振りなものに握り直し、それを細めに割いた竹皮で器用に包んでいる。
既に、小さな丸い竹皮の包みが幾つもできていた。そこそこ残っていた田楽は、彼女が全て平らげてしまったらしい。
「お茶も貰うねー」
そう言うと、ミトは鼻歌まじりで、腰に下げていた竹製の水筒に、卓上の樽に入った冷茶を、これまた器用に移し始める。
暫く顎の無精髭を撫でながら、彼女のすることを眺めていたハンゾウは、何やら意を決したように声を掛けた。
「嬢ちゃんにも、ひと働きお願いしたいところなんだけど、どうだろう」
「いやっ」
ハンゾウの問いかけを、即座に断るミト。
「そう言わずにさぁ。力を貸してくれねぇかな。俺だって慣れてねぇんだよ、こういうのはさ」
助力を請うハンゾウは、いつになく真剣だ。
「いつもはこんな荒仕事はしてないんだよ。こうもっと平和な、迷い人探しとかばっかりでね」
「だめっ」
しかしミトの返事は、やはり素っ気ない。
ハンゾウは精一杯の誠意の籠った視線を送る。それを
ジュウベエにとっては、胡散臭い男が、馴染みの店の娘をからかっているようにしか見えない遣り取り。
「どうしても、やっちゃ貰えねぇか……」
だがミトの目には、好奇心の光が宿り始めていた。いや、実は彼女の好奇心は、始めから一杯だったのだ。
当然この話にも、乗る気は満々であった。先ほどからの弁当作りに余念がなかったのも、そのためだったのである。
「でもワタシ、見ての通り、か弱い女の子……だしね」
そういう年頃なのだろうか。ミトの思わせぶりな態度は、彼女が更なる誘いを待っているようにも見て取れる。
わざとらしく、肩を落としてみせるハンゾウは大きな溜息をひとつ。彼もまた始めから、その光を見逃してはいなかったのだ。
「……そうだな。やっぱり子どもには、ちと荷が重過ぎるかもしれねぇな」
「だーかーらー、子どもじゃないってばっ! もう、何回言えば……」
ちらりとミトを伺いながら発するハンゾウの言葉に、彼女は、それまでの勿体振った態度を大きく翻した。
「あーもー、しょうがないなー。そんなに頼むんなら、やってやろうじゃないの」
「すまねぇな。嬢ちゃんは……、ほら小柄だからさ、いろいろと」
「だから小さくないって、これから育つんだって」
ミトには見えないよう、舌をペロリと出すハンゾウ。やれやれといった顔のジュウベエは、彼に釘を刺す。
「何をさせようというのかは判らぬが、子どもに危ない真似はさせるなよ」
「アンタたちって、ほんっと失礼よね。別にアンタたちのためにやるんじゃないんだからねっ。ワタシがやりたいから、やるんだからねっ」
むくれるミトに、今度は本心からか、初めて見せる神妙な表情をしたハンゾウが言った。
「悪かったって。危なっかしいことはさせねぇ。その代わり、今身に付けてる物騒なもんは置いてきな」
ミトは一瞬、虚に付け込まれた表情をするものの、そのすぐ後には一転して顔色を変えて彼に詰め寄る。
「何でワタシが、なにか危ないもの持ってるって思うのよ」
ハンゾウは焦った様子の彼女を、しれっとした顔で受け流すと、さらっと言った。
「そりゃ、子ど……いや、女の子の一人旅は何かと難儀だろ。色々準備していて当たり前だ」
彼女が何か暗器のようなものを身に付けているのを、既にハンゾウは見抜いていたようだ。
「男の格好してんのも、そのひとつなんじゃあないのか」
ジュウベエも、ハンゾウの言葉に大きく頷く。
「うむ、身を守るためとはいえ、生兵法は怪我の素だぞ」
ふたりの大人たちに諭され、ミトは
「判ったよ……。置いてく……」
すっかり諦めた様子のミトは、懐から何やら彼女の拳より二周りほど小さな、丸いものを幾つか取り出すと卓上に置いた。
「うむ。何なのだ、これは」
「これは爆裂弾。ここのこれを抜いてから敵に投げつけると、中で自動的に火が付いて、こうドッカーンと……」
「危ない。没収」
次に背中から、笛のような筒状のものを引き抜き、腰から取り出した革の巻物のようなものと共に卓上に置く。
「これは吹き矢ね。こっちの革に巻いてある矢を、こう差して、こんな風にふっと……」
「ふむ、これはまだ可愛い方か」
「でもって、こっちの矢には森で採れた茸から抽出した毒が塗ってあって……」
「じゅうぶん怖いじゃねぇか。これも没収だ」
「だけど、この毒は当たっても笑い出すだけで……」
「余計怖いわ。没収没収」
その後も袖口から裾口から、次々と怪しげな暗器を取り出すミトであった。
「うむ。これで、全部か」
「はい、全部でーす」
ジュウベエの言葉に、心なしか目を泳がせるミト。彼女の態度は判りやすい。
今一度ハンゾウがミトに目を向けると、腰には細かい装飾を施した柄が見える。
「その腰から下げているのは、小刀のように見えるのだが」
「これだけは本当にだめっ。それに武器じゃないんだからっ」
ミトは腰の小刀をぎゅっと押さえ、ふたりに取られまいと身構えた。
「兄様から授かったお守りみたいなものだし、これがないと森の中で困っちゃうの」
必死な様子のミトに、ジュウベエとハンゾウは、顔を見合わせて頷く。
「うむ、ならばそれは、持っておくと良い」
卓上の暗器の山から、ジュウベエは興味深気にその中の一つを手に取っている。
同じように暗器の山を眺めていたハンゾウは、ふと思いついたようにミトに尋ねた。
「ところで嬢ちゃん、お財布は持ってるかい」
「お財布ならあるよ。ほらここに」
「じゃ、それをこっちに置いて、飛び跳ねてみな。そーれ、ぴょーん」
思わず釣られて、ピョンピョンと飛び跳ねるミト。どこからか、カシャカシャと何かが擦れるような音が溢れた。
「む、何の音だ」
「それはきっと、お財布の小銭が……」
「財布ならここに置いてあるが」
「ちっ、バレたか」
羽織の中、腰の後ろへと手を回すと、どこからか彼女はふたつの革の袋を取り出した。
そのうちのひとつには、一枚一枚木の葉に包まれた、小さな四角い板状のものが何枚も入っている。
「なんだ、こりゃ。薬か」
「それは、うちの秘伝の非常食だよ。良かったら一枚ずつあげるよ」
「うむ、ならば良し。持っていきたまえ」
もうひとつから出て来たのは、先の尖った、固そうな三角錐状の形をした木の実。
「ふむ、これはまた面妖な。これも非常食か」
「そ、そうだよ」
今度は、あからさまに目を泳がせるミト。当然、ハンゾウの目はごまかせない。
「
「でしょー」
「
「ううっ、か弱い乙女から、ホントに身ぐるみ剥ぐなんて。ヒトデナシっ! オニっ! おたんちんっ!」
これ見よがしに打ち拉がれた素振りを見せるミト。ハンゾウは彼女に宥めるように懐から何かを取り出す。
「人でなしも鬼も認めるけど、おたんちんではないぞ。でもまぁ、代わりにこれをやるから、機嫌を直せ」
「何それ」
「閃光弾だ。思いっきり地面にでもぶつけりゃ辺りは真っ白な光に包まれる」
「光るだけなの?」
「敵の目眩しになる。逃げられるだろ、その隙に。いらないなら、やらない」
「……いる」
ハンゾウから受け取った閃光弾と一緒に、ミトは先ほど作った握り飯も懐にしまってゆく。
「仕方がないから、やってあげる。その代わりこれが終わったら、ふたりとも今度はワタシのお願い聞いてよね」
思わぬミトの言葉にふたりは驚くが、どこ吹く風とばかりに、彼女は澄ました顔で言った。
「それで、ワタシはナニをすればいいのよ」
「ああ、それなんだが、ちょっとこっちへ来てくれ」
ハンゾウは、出入り口の戸を開けると、中から慎重に周辺の様子を伺った後、ミトを手招きした。
「あれ、見えるか」
「あれって、どれよ」
「だから、あれだよ」
最初は首だけ突き出して辺りを見回していたが、徐々に小屋の中から表へと出てゆくふたり。
そして完全に出てしまった瞬間、ハンゾウはミトの背中をぽんと押して、小屋の前へ送り出す。
と、同時に体を翻すと、素早く小屋の中に戻り、戸をぴしゃりと閉じて、鍵をがちゃりと掛けてしまうのだった。
「さぁ、嬢ちゃん、お仕事の始まりだ。頑張ってくれ」
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