第8話 『怪しいヤツ……貴様のことか?』 

 冒険者組合ギルドは、都にて組織された本部より枝分かれし、その町その町で運営されております。

 大きな町に置かれた組合ギルド支部は、その近辺の小さな町や村からも依頼を受け、仕事をしております。


 我々冒険者組合ギルドへの依頼は、多岐に渡ります。報酬金額も、決して高いものばかりではありません。

 町の自警に始まって、商隊の護衛、害獣の除去、第二級以下の災害扱い案件への対応、果ては迷い人探しまで。

 決して本部所属の冒険者たちが行う、第一級災害扱いのあやかし討伐などという、派手な仕事ばかりではないのです。


 近頃では、組合ギルドを通さず、依頼者から直接報酬を貰う、所謂いわゆる『闇営業』を行う者が多くなっていると聞き及んでおります。

 しかも、無茶な借金の取り立てであるとか、捕縛すべき賊の用心棒といった、下衆げすな案件を引き受けているとも言われております。


 実に嘆かわしいことであります。我々は、自身の腕だけを頼りに生きてはいても、決して無頼漢の集まりではないのです。


————とある町の『冒険者組合ギルドだより』より



  ○ ● ○ ● ○



「さてさて、お互い名乗ったところで本題といこう」


 ハンゾウが、ぱんぱんと手を鳴らし、ふたりの注意を引き付けると話を始める。


「さっきも言った通り、俺はるところの依頼で、この町に来ている」


 本当は、もっと別の筋書きを考えていたんだが……。この際だ、ふたりの力も借りちまおう——。


 最近、この町から近隣の冒険者組合ギルドに、妙な依頼が増えたこと。

 内偵の結果、その原因は新しい手代の、本分を弁えない無茶な商売にあることなどを、簡単に説明する。


「手代や、主立った用心棒たちの素性も調べは付いてる。あちらさんの大体の戦力もな。大半は近辺の町から集めてきたゴロツキばかりだが」


「うむ、妙な依頼というのは」


「新しい手代が、町の金を勝手に使った商いをして、上がりはてめえの懐に……ってのは、さっきも言った通りだが、お上に訴えるにゃ証拠がねえってんで、手代の商売を邪魔するって手に出たって訳だ」


 街道や脇道にある手代の私設関所を迂回するように、旅人や商隊を通れる道を案内し、僅かばかりの謝礼を貰う。その謝礼を以て冒険者組合ギルドに赴き、彼らの短期護衛を依頼する。

 依頼の内容は、町の人々にとっては利益にもならないと思わしき、宿場から宿場までの短かい距離の護衛任務。しかもその道行きは町外れとはいえ農道など、特に危険性のない場所。


 このような妙な依頼が増えれば、組合ギルドを通じて、この小さな町にも、そしてそこを治めている手代にも、査察のひとつも入るのではなかろうかと、こう企んだようだ。


「結果、彼らの意を汲み取り、こうして俺が派遣されて来たと言う訳だ。まぁ、もっとも、このところ旅人や商人から、この領の代官のところに苦情が殺到してたみてぇだからよ。ここの通行料が妙に高くなったってな。中には払えず引き返してるっていう連中もいたみたいだし、遅かれ早かれ調べの手は入ってたと思うぜ」


「ふむ、わたしには何をしろと言うのだ」


「ああ、手代の件だけなら、代官の手の者たちだけで何とかなるんだがな。さっき、お前さんも会っただろう、怪しいヤツらに」


「怪しいやつ……貴様のことか」


「そうそう、それは俺……って違うだろ」


「判っている。冗談だ。茶屋に控えていた奴らのことだろう」


「なんだ、お前さん、冗談も言えるのか」


「うむ、貴様のことは胡散臭いとは思っていても、怪しくはないと心得ている」


「なんだ、そりゃ」


「うむ、ほんの塵芥ちりあくたの如くだが、認めていると言ったつもりだが」


「そりゃ、どうも」


 ハンゾウは、何故だか少しだけ嬉しげな表情となり、相変わらず鹿爪しかつめらしい顔をしているジュウベエと話す。


「その怪しいヤツらってのは、あいつらだけじゃねぇ。この町のほぼ全員が、手代の息の掛かった者たちだと思ってくれていい。何しろいつの間にか町全体が、手代の私設関所みたいになっちまってるからな。茶屋も宿屋も形だけだ」


「ふむ、そやつらを倒せば良いのだな。とは言え、茶屋で会った程度の者たちばかりなら、稽古の相手にもならんが」


「そいつは頼もしいな。敵はならず者ばかりだ。相手が死なない程度に、思う存分やっちまってくれて構わねぇ」


 彼は、どこからか取り出した町の大雑把な地図を広げ、やはり大雑把に今回の計画を話し始めた。


「と言う訳で、この町は狭いようで広い。今、俺たちのいる場所はここ。ここから先ほど来た方向へ戻れば脇道に出る。お前さんたちが大立ち回りをしたあの辺りだ」


 地図を指し示しながらハンゾウが説明する。大雑把に見えながら、その地図には所々に細かい書き込みがあり、内偵の成果を伺わせる。


「その脇道を横切って更に進めば、程なく街道に出る。その近辺がヤツらの本拠地だ。手代は屋敷もその少し手前、要するに街道と脇道の間にある」


 東西の方向へ真っすぐに伸びている街道に対して、それまでほぼ平行に並んでいた脇道は、ある地点から町のある方にぐっと婉曲していた。

 お上が国のために造った街道と違って、脇道は地元の連中が、それを使う自分たちのために整えた道である。

 街道を動かすのは御法度だが、脇道を地元の都合で動かしたところで何ら問題はない。そこが手代たちの巧妙なやり口だ。


 地図中の手代の任されている領内の端と端、今は農作地だと思わしき場所を、すっと指でなぞり彼は言った。


「本来、昔からの脇道てぇと、こっちの道程を使ってたんだが」


「ふむ、手代が商売に有利なように変えたという訳か」


 なるほど地図の上では、街道と、そちらに寄せられた脇道の両方へと跨がるように、この町は広がっている。


「街道上で、ドンパチやるのは避けたい。よって勝負はここ」


 地図上のある箇所をとんとんと指で叩いて、ハンゾウはその場所を示した。


「敵の本丸、手代の屋敷だ」

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