第6話 『ええいっ、この程度の端た金では話にならんわっ』
脇道沿いの、木賃宿や茶屋が並ぶ一角に辿り着いた、少年と若侍。
豆の名産地にして、豆のような大きさの町。町の部分は狭いが、領内の大部分は農地で、こちらはかなり広い。
しかしながら、それなりに人や荷物の往来も多く、こちらに向かって歩いて来る者たちの数も、決して少なくはない。
「なーんか、寂しいとこだね、ここ」
「そうか。脇道沿いにしては、そうでもないと思うが」
「さっきまでいた町も田舎っぽかったけど、ここには冒険者の詰所もないみたいだし」
「ふむ、だが先刻の町は有名な宿場だった。君はいったい、どこのお坊ちゃんなのだ」
甲論乙駁。
ふたりが、それほど大きくはない、
茶屋の前で座り込んで
旅人たちを取り囲むようにして、何やら揉めていたようだが、暫くすると囲みの輪がすっと切れ、彼らは肩を落として戻って来る。
ふたりは、歩みの調子を落とすことなく、しかし、ゴロツキどもを避けるように道の端へと進んでいった。
「お待ちください。そこのおふた方」
乱暴狼藉。
脇を通り過ぎようとしたふたりの前に、立ち塞がるかのように周りを取り囲む若者たち。
「ここを通るには、往来の証文をお見せして戴かないといけないのです」
どこからどう見ても町のゴロツキどもとしか思えない者たちの中、頭目とみられる若者は、場違いな程に身なりがしっかりしている。
裕福な商家の若旦那、といった風体。しかし慇懃な態度と口調に反して、貼付けたような笑顔の目は、細く鋭く光っている。
「ふむ、このような所で往来手形が必要だとは、とても思えんが」
威風凛然。
取り囲むゴロツキ相手に、若侍は顔色も変えずに応じる。
「こちらも手代様より、正式に委任されてお願い申し上げております。この場で証文をお買い上げいただくこともできますよ」
証文の代金としては、かなり高い金額が提示される。
「このようなもの、払う道理はない。ここは通してもらおう」
ふいに懐に手を入れる、若旦那の動きを目だけで追いながら、相変わらずの
「どうしても払っていただけないと、そうおっしゃるのですね」
囲んでいるゴロツキたちが一斉に、ずいと一歩前に進み出る。少年はそれらをハラハラとした顔で見守るばかりだ。
「うむ、払わねば、いったいどうなるというのだ」
一髪千鈞。
若旦那の、不穏な臭いを感じさせる懐に入れた手を、若侍は、すっと片方の眉だけを上げて見つめた。
「いえ、お命でお支払いください。とまでは申し上げる気はございません。
慇懃無礼。
若旦那は、そう言わんばかりに、ふたりに向かって両腕を広げると踵を返す。
そして、ふたりをゴロツキどもの前に残すと、茶屋の中へと消えてくのであった。
○ ● ○ ● ○
「ええいっ、この程度の
この小さな町には不釣り合いに、大きな屋敷の中。小さな領地の手代には不釣り合いな、豪華な調度品を備えた座敷の中。
そして
この男は、先代の手代が懇意にしていた内のひとりだった。何をどう取り入ったのか、今となっては定かではないが、いつの間にか先代の片腕として収まっていたのだ。
先代は農政を中心に、元々の名産品の栽培に力を入れ、その質と量の向上に務めていたが、この男には、寧ろ商売の方に大きな興味と、その才能があったようである。
農業で稼いだ町の資金を元手に、領内に僅かばかりに掛かっている街道や脇道沿いに、手頃な価格の宿や茶店などを次々に出していった。
大きな宿場と宿場の間にあるそれらは、旅人にとって丁度良い位置にあったのだろう。たいそう繁盛し、この豆のような合宿の町の元となった。
先代も、農業より商売に熱心な男に対し、思う所がなかった訳でもないが、町が潤うのなら、ということで彼の勧める事業を認可したという。
もっとも、町の人々は先代同様、農業に従事する者が大半で、男の事業には興味がなく、町の懐が暖かくなるなら良しと考える者が大勢を占めた。
しかし、いつの頃からか男の周りには怪しい連中が増え、彼の給金では賄えないような屋敷を建て、段々とその召し物も派手なものとなっていく。
それらが、町の上層部含め、人々の間でおかしいのではないかと目され始めた頃、先代は原因不明の病で床に伏せる日々が増えていった。
そしてついに、先代の
同時に、この合宿の町で働く人々はほぼ全員、男の息が掛かった者ばかりになり、行き交う商隊や旅人を相手に、先代が禁じていた通行証商売を始めた。
小さな町で通行料を取る、というのは中央に届け出を出せば、それ自体は違法ではないが、自ずと相場の額がある。男は絶妙に人々が損得勘定の上、ぎりぎり払える額を課した。
この商売もやはり繁盛したように見えてはいたが、町へ収められる額は以前とあまり変わらない。それどころか近年減り続ける一方なのだ。
その代わりに男の横には怪しい取り巻きが増え、屋敷は更に大きくなり、どこに出掛けるにも豪華な駕篭で乗り付けるようになった。
もともとが農業で暮らしていた町。先代が苦慮していた農政を、全く顧みない現手代の下では、苦しくなるのは当たり前のことだろう。
男の着服は明らかであったが、証拠がない。今更ながら、先代との手代交代の際の諸々も怪しいものだが、それもまた証拠がない。
そこで町の農民を中心とした者たちは、その季の農産活動を一時停止。付近の大きな町の冒険者組合に掛け合い、別の商売を始めたのだった。
それが功を奏し、男の通行料商売の上がりは、日に日に目減りしていった。これが、ごく最近の話である。
○ ● ○ ● ○
一触即発。
残された若侍とゴロツキ連中は睨み合う。
ふっとため息を着くような表情をした若侍は、突然傍らの少年をひょいと持ち上げると、ゴロツキどもの頭上高く、遠方へと放り投げた。
「えーーーっ」
緩やかな放物線を描き、遥か先に驚嘆の声を上げ、飛んでゆく少年。ゴロツキ連中も、呆気にとられて、それを見ているしかできない。
若侍は力強く踏み込んで、素早く木刀で正面の敵を薙ぐ。返す刃で残りの敵もあっさりと一蹴。
遥か宙から、その様子を見ていた少年の目には、彼がとても優雅な動きで、舞を舞うように、その身をくるりと一周りさせたようにしか見えなかった。
少年が、顔に似合わず手慣れた動きで地面を数回転、衝撃を緩和しながら見事に着地を決めた頃には、敵は全て地面に転がっていた。
立ち上がって、お尻の埃をぱんぱんと払っている少年に、若侍は腰に木刀を納めつつ、先だってと表情も変えずに歩み寄ってくる。
「さて」
「さて、じゃないよ。いきなり放り投げるなんてひどいじゃないかっ」
「うむ、刀を振るうのに邪魔だったからな」
「そういう問題じゃないでしょー、まったくもうっ」
侃々諤々。
その時、ふたりのやりとりを遮って届く声があった。
「ありゃー、お前ら、もうやっちまったのかっ」
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