第82話 新体制

 礼二と美鈴の間を抜けて体当たりするように社長に向かって突進する。小村ごと支える形になった。


「痛っ」


 頭をはさまれた状態になっている小村が悲鳴を上げるが力を抜くことはできない。

 動きが止まったところで体重の掛かるところを肩から腕に移動させることで小村の体を抜くことができた。


「銀山、ここに座らせろ」


 江留の声が聞こえる。車椅子でも持ってきてくれたのだろう。ようやく集まってきた者たちに任せて体を引いた。


「小村さん救急車を」


「はい」


 バックヤードになっている秘書課の事務所に走る。ドアが閉まるのを確認して振り返ると社長の周りに役員が人垣を作っていた。


「とりあえず呼吸と脈は安定しているから大丈夫だ。それより今日のスケジュールはどうなっている。小村はいるか。小村」


 江留が仕切っていた。声が聞こえたらしく小村が駈足で戻ってくる。


「はい、何でしょうか」


「親父のスケジュールを持ってこい」


「待ちなさい江留」


間髪を入れずに瑠璃が止める。


「なんだよ」


 江留の正面にきて両腕をつかんだ。


「あんた立羽の財務状況は把握しているの」


「当然だろ。そのためにすべてのアクセス権をもらっているんだ」


 じっと目を見る。江留も視線をそらさなかった。


「大川専務の中継ぎは必要ないのね」


 江留の動きが一瞬止まった。


「そんなの瑠璃姉ェが一番知って」


 大川に任せれば久史が復活してくる懸念があるのだろう。瑠璃の人差し指が江留の唇を制した。


「あんたの気構えを聞いているの」


「ああ、今日からオレがやる」


「やると言った以上は責任を持ってやるのよ」


「当然だ」


 瑠璃はうなずいて振り返った。


「圭吾」


「はい」


「聞いてたでしょ。江留の力になってあげなさい」


「はい」


「大川専務と矢部常務も言いたいことはあるかと思いますが、よろしくお願いします」


 矢部は会釈を返したが大川の表情は硬いままだ。


 それに気づいたかどうか分からないが、早足でこちらに向かってくる。久史に勝つためといえ、会社を否定する発言をしたのだ。無傷で済むとは思っていない。


「銀山くん」


「はい」


 声のトーンを落とす。


「期待以上の活躍でした。ありがとう」

こちらのリアクションを待たずに振り返る「救急車には私が同乗します。江留はすぐ職務にかかりなさい」


 どういうことだ。本当にあの案を認めたというのか。


 唖然としたが瑠璃が社長に寄り添うのを見て、すぐに椎奈に向かって走った。


「あの、申し訳ありませんでした」


 謝られることは予想していなかったのか驚いた表情に変わる。


「私は大丈夫です。それより社長になっても久史を見捨てないで下さい」


 深々と頭を下げた。同じようにお辞儀を返しドアに向かう。



 社長室を出ると香取がエレベーターホールにいた。


「どうだった」


「いつの間にか僕が社長候補になっていました。カオスどころじゃありませんよ。あれじゃビッグバンです」


 笑顔に変わる。


「それで久史氏は」


「立羽への移籍は決まりましたが、役員にはならないみたいです」


「じゃあ君の海外移籍は」


「ないと思います。香取さん、ありがとうございました」


「いや、自分は何もやっていない。こちらこそ勉強させてもらって感謝している」


 本当に謙虚な人だ。


「ちょっと急いでいますので」


 片手を上げて通り過ぎる。


「うん、頑張れよ」


 駆け足で休養室の前に来た。立ち止まって息を整える。


 このドアの向こうに羽黒がいるはず。ドラマで見るように顔に白い布が掛けられて線香が焚かれているのだろうか。それにしても解せないことがある。あれだけ親身になっていた江留が羽黒のことを忘れてしまっている。経営のが大事だと言われれば返す言葉もないが、これではあまりにも不憫だ。


 結局自分達は何だったのだろう。次期社長の選考とか言いながら、社長が倒れた後は江留が仕切って誰も文句を言わなかった。久史がどんな処遇になるかも聞いていない。きっと何かの茶番だったのだろうと自分に言い聞かせてノックをした。


「どうぞ」


 返事が聞こえた。誰かいるのであれば少しは気が楽になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る