12

 彼女は。自分よりもつらいところにいた。

 死ぬなんて。考えたことはなかった。延々と続く意味のない日々。それでも、やめようと思ったことは、ない。


「死ぬなんて」


「ごめんなさい。手を振り払っちゃった」


 彼女。俺の手を握る。つめたい。


「昨日。そういえば、わたしも手を払われたんだっけ」


 握られた手。彼女の。残酷なほどに、冷たい温度。


「今日は振り払われなかった。手暖かい」


「そうか。俺が冷たいってことは、あなたにとっては暖かいのか」


「ええ。生きてる感じがする」


「いつから。死にたいなんて思ったんだ?」


「ずっとよ。ずっと。物心ついた頃から。いや、生まれたときから、かも。下手したらお腹のなかで既にそう思ってたかもしれない」


「そんな」


「たぶん実の親じゃないのよ。だから物扱いできるし、それで心もいたまない。そんな感じ」


「ひどい」


「ひどくないよ。死ねばべつに変わらないんだし」


「そんなことを、考えないといけないぐらい追い詰められることが。つらいな」


「なんでよ。あなたのほうが。こんなところにひとり閉じ込められて」


 彼。

 ちょっとだけ、口元が震える。


「似た者同士だな」


 笑ったのだと、気づいた。たぶん、笑ったことがないのだろう。かなりいい感じだった。


「笑った」


「笑った。俺が?」


「うん」


「なんか、いそがしいな。昨日初めて話をして。そっちは初めて泣いて、俺は初めて笑って」


「初めて尽くしだね」

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