第11話

「じゃあ、あなたの番ですね」


 彼。口調が敬語に戻る。


「わたしの、ばん」


「ええ。俺だけが過去を喋ったんじゃ不公平だ」


 ベルの音。


「失礼します」


 彼がいなくなる。

 どうしようもない。この店。このベッド。それだけが、彼の人生。学校にも行っていない。ただ起きて、店を動かして、寝る。それだけの人生が。それだけなんて。悲しすぎる。

 彼が戻ってきた。

 どうしようもない。

 わたしが話せることなんて。


「あの」


「はい」びっくりした。


「その目」


「目?」


「なんでいつも切なげなんですか?」


 せつなげ。


「切なげか」


 切ない。なんでだろう。


「切ないというか、死にたいなって。思ってます。毎日」


 そう。死にたい。


「親の命令で学校とか塾とか行って。勉強させられて。したくもない友達付き合いして。意味のないクラブ活動とか、放課後の時間の無駄な宿題とかカラオケとか。そういうのが全部、死んだらなくなるかなって」


 いつも思っている。


「死んだら、親に多少復讐できるかなって。わたしのことを物扱いして、いずれ金のなる木にでもしようとしている。それか、自慢するための道具とか。わたしの人生は、わたしの人生じゃないんです。だから、死んでわたしの人生をわたしのものに」


 そこまで言って。

 抱きつかれた。

 暖かい。

 この暖かさのなかにうずもれていたい。ずっと。

 でも、喋りはじめた口は止まらない。


「わたし。ここのイートインコーナーが唯一の人生だったんです。わたしの場所。何もないわたしの人生のなかで。ここだけが。暖かかった。ありがとうございました。わたしに、少しだけでも、生きる時間をくれて」


 彼の手が、頬に伸びてくる。払いのけた。


「これから死ぬ人間に、あんまり同情しちゃだめです」


 わたしは、たぶん。ひっそりと、ひとりで死ぬ。あなたとは関係ないところで。

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