10

「ふう。お待たせしました」


「あ、あの」


 切ない目つき。さっきよりも。しんどそうにしている。


「あなたの話を、先に。聞かせてほしい、です」


「俺の話ですか?」


「はい」


「話すことなんて、何もないですよ」


 ベルの音。彼女がびっくりする。


「客です。失礼します」


 レジに立って応対して、そして戻る。


「おまたせしました」


「うそ」


「はい?」


「ここに。ここに、住んで、いるんですか?」


「はい。24時間営業なので。客が来たらここのベルが鳴って」


「私物は?」


「私物」


「ここにはベッドしか。ベッドしかない」


「あ、べつに不純な動機は何も。イートインコーナーに戻りますか?」


「いやそうじゃなくて。そんな」


「お、めし食い忘れてたな。いいですか」


「は、はい」


 ゼリー飲料を流し込む。


「それが、ごはん、ですか?」


「ええ」


 彼女。涙を流しはじめた。なんとなく、彼女のことを面倒だと思う自分がいる。


「おしえてください。あなたのことを」


「と言われても」


「なぜ、あなたはここに。どうして、この店を」


 ああ、そうか。俺の人生を聞いて消費しようってのか。


「俺が物心ついたときから。家族全員、事故で死んだ。親族もいない。残されたのはこの店と、開店のためにわざわざしたためた大量の後金あときんだけ」


 彼女。涙が止まらない。多少腹立たしいのもあって、喋る口は止まらなかった。


「そこからはずっと働くだけの人生。俺の人生には、この店しかない」


 そう。

 何もない。

 自分の人生には、何もない。


「その、あんたが座ってるベッドも。家族の誰かが買ってたやつで。俺はそいつの顔も名前も覚えてない。家族なんていないのと同じ」


 ひとりぼっち。


「ごめんなさい」


 しばらく待って、彼女が絞り出した言葉は、それだけだった。

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