第10話 嘘と方便と第三勢力と

 神の世界で暮らす常盤姉妹とHはどこか世捨て人の様な所があった。だからこの戦いの後、家に帰って日常生活を取り戻す発想自体なかったらしい。勝つことだけに頭を回して幸せな未来を見据えていない。それでいい訳ないだろうに。人も神も幸せになる権利がある。

 そんな事を深く思案しているとKは苦虫を嚙み潰したような顔で声を絞り出した

「仕方ない、あいつに頼るか。二度と関わりたくなかったが本当に仕方がない」

「あいつ?」


「それは多分ワタシでしょう。呼ばれる前に来てあげましたよ」


 唐突に現れた謎の存在にKと天玄さん以外全員が臨戦態勢をとった。なんだ? 青緑色に淡く輝く長髪、鉄の様な光沢と重厚感を感じるローブ、絵本に書かれているような魔女の三角帽子、男とも女とも区別のつかない容姿と声。全てが異彩を放ち、混乱させてくる。

「そんなに気を荒立てないで」

「立てて置くといい。こいつは噓つきだ」

 Kが珍しく嫌悪感隠さずに苛立っている。


「噓つきなんて失礼な。皆さん、ワタシは『フィクサー』と呼ばれる世界平和維持秘密組織の一員です。コードネームは『ムーンウォーカー』。名前を月野歩と……いやKに合わせてウォーカーの頭文字『W』とでも呼んでください」

 怪しい、胡散臭いを体現するWはこう続けた

「いやはや、こうなってはあまり我々フィクサーとしても動かない訳にも行かない訳なんですよ。神もどきの狐が表に出た以上はね。丁度良く困っていた様子なので事態の収拾を対価に交渉をしたく思っている訳です」

「月…いやW、ぼくはフィクサーなんて組織聞いたこともないぞ。ぼくは警察と政界に顔が利くヤクザ者と聞いていたんだが? そしてその髪色と姿は何だ? お前はアルビノで白髪だったろ」

「色々世界の裏事情を知る立場でね、君自身が助けを求めるその日まで正体を隠していたんだ。噓も方便という奴さ、知ってしまえばお互いに危険だからね。君も一般人でありたかったから二度と関わりたくないと別れた訳で利害は一致していただろ」

 反論できないのかKは不機嫌な表情のまま黙り込んでしまった。私からその交渉を切り出すか。私は拳をおろして口を開いた。

「Wさん、お二人の関係性もどうやってここに来たかも分かりませんがとりあえず交渉の方お聞かせください」

 離れの縁側に座布団を敷いて着席を促す。家の中は掃除していないから入れたくなかった。野郎ども3人が飯食って戦いについてあーだこーだ騒いで寝るだけの部屋は足の踏み場もないほど汚い。



「あれ? 結構普通に話せますね。貴方元々アンゴルモア復活派の人間のはずですよね? もっと粗暴で破滅願望持ちの悪漢かと思っていたのに」

「はい?」

 初対面の人が唐突に訳の分からない事を言いだした。Wさんはこちらをじろじろと見て何か納得したようで独り言を始めた

「! ……ほー。なるほど、なるほど。これはマルスがモルフェウス・チルドレン狩りなんて始める訳だ。正しく、これからは正しい未来予知なんて不可能になる訳か。あー、くそったれ! 無駄金使わせやがって、来てよかった。金返せ!」

 なんなんだこの人。納得してヒートアップして喜んだと思いきやキレて情緒不安定にも程がある。

「あ~、混乱させてすいません。交渉はもういいです。モルフェウス・チルドレンの可能性を知れただけで値千金。このアンゴルモア騒動に関する全ての事後処理はフィクサーにお任せください」

「はい?!」

 何も話していないのに話が終わった。嘘だろ? 何が起きている?


「おいおいW、勝手に終わらせないでくれ。そもそもなんでこっちの事情を知ってここに来る事ができたかすらこっちはわからないんだぞ。情報よこせ。お前の好きそうなマイナーレコード盤渡すからさ」

「5枚」

「……待ってろ」

 Kは部屋に戻っていく。Hは以前臨戦態勢のまま動かず、シロさんはどうしたものかとオロオロしているし、コムギさんは……いないな。性格的に考えてWさんをお客様扱い認定して台所へお茶淹れに行ったのだろう。


「Kは相変わらずワタシにはつんけん。なんとも懐かしい」

「はぁ」

 もうこの人わけわからん。マイペースこの上ない。

「Kが君と友人になった時は正直社会から消す気でいたんですよ。一般人で居られなくなる事はこの目に見えていたので」

 度肝を抜かれる発言の後、Wさんはポツポツと語り始めた。

 Kは5年前誘拐され賭け試合の競技者として猛獣と半年間毎日剣一本で戦い抜き、Wさんの父親に気に入られて護衛として買われ病死するまで働き雇用人がいなくなった為色々口封じの話を飲んで一般人に戻れたそうだ。

 絶対に3行で終わっていい話ではないがこれ以上はK自身から話されるまで聞かないことにした


「Kはモルフェウス・チルドレンだったんですよ。他に試練と運命を変える力を与える存在。猛獣はその試練に負け、Kに斬られた。君はその試練に勝った。だから生きている」

「サラマンドラ討伐の事ですか?」

「いや、五円玉拾ってもらって『ありがとう』と言った方です。あの時礼を言わなかったら狐は神社に招かずに君はマルスと出会い、盟友となり、今頃とっくに別のフィクサーが予定通りに処分しているはずなので」

「え?」

「マルスと盟友になる人間がこんなに普通とは。いやはや、いくら未来視の瞳を移植していても実際に話してみないと人となりは分からないものですね」


謎の第三勢力『フィクサー』の登場は世間の平穏と我々の混乱をもたらした


――神託の日まであと74日 所持遺体 両腕部


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る