第8話 狂気と修行と説教と

「むちゃくちゃするな、この馬鹿たれ!」

 目が覚めた途端に飛んできたのはこの説教だった。腹の上に黒い狐が立っている。マジ物の狐だ。モフモフと撫でてみたい

「真面目に聞くがいい、愚か物」

「……あっ、天玄さんか。おはようございます」

 先ずは挨拶から始めよう。何で怒られているか分からずに適当に謝るのは良くない。それよりも人にとり憑いていないと外見は普通に狐なんだなこの霊獣さん

「いきなりあんなのと闘おうとするな、全力で逃げろ」

「嫌です」

「……何故だ」

「見えていましたよ、あの時逃げればKかHはあの世行きでしたよね」

「人の心配できるほどお前は強くない!」

「分かってますよ。だからあの場で強くならなければいけなかったんです」

 友を見捨てて生きるなら死んだ方がましだし、死ぬぐらいなら自分の可能性に賭ける。私はそういう生き方をしてきたしこれからもそうする。

「それを蛮勇というのだ。そうやって死んでいった人の子を何度も見てきた」

「だからなんですか?」

「だからなんだ、だと? お前は自分の命を何だと思っている!」

「命の尊さを説きたいのでしょうが、尊いからこそ全員生きる可能性に賭けた。言われるまでもない。それとも命の尊さを理解したうえであいつらを見捨てろとでも言いたいんですか」


「「ダブルパーーーンチ!」」


 意識の外、というか部屋の外から常盤姉妹の両腕同時出しパンチが飛んできた。天玄さんと私に二発づつ、威力は軽いが乗っかっている心が強いパンチ

「どちらも正論だから頭冷やしてもうやめなさい」

 とシロさん

「喧嘩両成敗です」

 とコムギさん

 確かに頭に血が上っていた。これは謝らざるをえない

「すいません」

「すまない、こちらも大人げなかった」

 互いに謝る。落ち着いてきて周りを見る余裕ができてきた


「……そういえばKとHはどこです? ここはー、サラマンドラ食べた場所か」

 KとHは無事である事はよくわからないが確信があった。根拠が0だけど何故か分かる。

「外で戦闘訓練してますよ。いきなり自分の流派生み出すNさんもヤバいけど、Kさんも大概化け物だよね」

「体操られている間にマルスの意識から魔法を盗み見て覚えるとか妖か戦闘民族の技だよね」

 知らない間にとんでもない事しでかしてる。Kはなんか底知れない部分あるからなぁ。友人になった今でも素性もよく知らないし、変な人脈あるし、アンゴルモアの左手うっかり手に入れたり本当になんなんだろ? でも私のいい友人以上の何物でもないのだからアレコレ詮索する必要ないか。素性を明かしていないのは同じだし、自分で言ってくれたら聞こう。

 とりあえずその戦闘訓練見てみよう。私の流派も急ごしらえだ、洗練させる為に混ぜてもらう事も視野に


「そういえば私どうやって助かったんです? KかHに天玄さんが憑いてマルスの靄を取っ払ったんでしょうけど」

「そんな事はしていない。覚えていないようだがお前は。一か八かと全ての靄を理ノ重で取り込んだ。その結果お前は霞の狂気に飲まれ暴走しマルスは触媒不足で撤退、こちらはお前を止める為に袋叩きを余儀なくされた。共倒れ寸前だった、二度とやるなよ」

「はい。申し訳ありませんでした」


 直ちに土下座した。なんたる本末転倒、なんったる失態。助けようとして共倒れ寸前なんて……。そりゃ説教もされる。

「次は自力で勝てるようになります。私の流派を研ぎ澄まして、二度と同じことにはさせません」

「えっと、あんな目にあっても戦いをやめる気はないんです……ね」

「一応言っておきますが、あなたはうちらに巻き込まれてここにいる被害者側です。ここで辞めても誰も責めたりしませんよ」

 確かに私は巻き込まれた側なのかもしれない。逃げたって文句を言う人もいないだろう。でも事の始まりは私の願いだ


「戦います。それに被害者じゃありませんよ。この戦いが私の願いを叶える手段だと教えてもらったからこの拳を握ったんです。だからむしろありがとうございます」

 一礼をして戦闘訓練の場へ


「フハハハハハ、ダァハッハァッハハ! 深淵魔術しんえんまじゅつ 紅玉炎厄災こうぎょくえんやくさい

「クッソ、完全に暴走してやがる。我流精霊術 清水咆哮しすいほうこう 閃式せんしき


 庭に出ればKも暴走していた。あのマルスの技を真似てこうなるってマルスは何を背負ってこんな危険な技を。しかし考えている暇はないか。

「私も袋叩きにされたらしいし、ぶん殴れば止まるか」

 周りを見渡す。私の技はとにかく理ノ重で霊力とか自然エネルギー的な物を体内にとり憑かせて肉体とそれを2重3重と重ねなければ始まらない。他の技はその重ねたエネルギーを使う事が大前提だからだ。だが……

「どうしよ、この辺に。これとんだ欠陥流派では?」

 せめて戦いの衝撃で風が吹くとかマッチとかライター持っていれば話は変わりそうなのに。Hの清水咆哮って技は周囲のエネルギーを鎮める技のようで完全に無風。自分の動きで発生する風さえ鎮まる。狐憑きのままなら狐火を出して重ねられるのに。


「うわぁ。Kさんも暴走……。式神献術しきがみけんじゅつ 八番目の黒羊くろひつじ いったれ、やったれ、やっちゃって」

「力を制御できなくて人格汚染されるのは辛いでしょう。うちがすぐに止めますから。あやかし秘伝賢術ひでんけんじゅつ ジョロウグモの絡め糸」


 焦っていたら、シロさんが羊の折り紙をKに向かって投げつけ魔法を全て食べさせてしまった。その刹那、空中に12m級のクモの巣が出来上がりKを縛り上げた。

「……強い」

「コムギ、男連中はやる気みたいだけどどうする?」

「あまりに弱いしね。うちらでいっちょもんであげますか」


「「野郎ども! 地獄の修行の始まりだー!」」


 これから善意により地獄の門は開かれた事を私達身をもって知ることになる。


――神託の日まであと106日 所持遺体 両腕部

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