第7話 真価と進化と深淵と

 ボクサーのジャブはどんな格闘技のパンチより早い、私はそう信じている。だからたとえ1、2秒先の未来が見えたところで素人に避けられはしない。問題点はその威力だ。私の体格では上手く当てても鼻をへし折るのが関の山。敵に殺意を向けて使う技じゃない(純粋な格闘技って感じがしてそこが好きなんだが)


―――シャン


 だから新たに憑いた霊獣の力を重ねる。質量が増えればパンチは強くなる。当然だ。拳が硬くなればパンチは強くなる。当然だ。なら神に近い霊獣の力を重ねて強くならない訳がない。


―――シャン


「早いな」

 流石は未来視といった所か。私が拳を繰り出す前に回避行動を始めて避けようとしている。このタイミングでは当たるかギリギリだ。しかしボクサーの真価は拳だけにあらず、攻撃を見極める目と回避と追撃を担う足にもあるのだ

「その余裕、いつまで持つかな」

「いつまでもさ」

 マルスの持つ杖が指揮者のごとく優雅に上へと弧を描き、そして地面に再度おろされた。杖の先からサラマンドラがはい出てくる。

「これで2対2」

 私は後ろに振り返り渾身の右ストレートを繰り出す。そこには4mはあるフクロウのような化け物がいた。一撃で胴体をぶち抜かれ、フクロウは絶命したようで死体は残らず光の粒子となって消えていく。拳自体には当たった感触がないな。実体のない霊のようなフクロウだったか

「確かにこれで2対2だな」

 意図的にできる訳じゃないが私自身も未来が見えるようだ。狐の天玄さんが未来が見える千里眼持ちだからだろう。自分としては勘、とりわけ勝負勘が超強化されたされた感覚だ。

 もののついでだ、この元フクロウの光の粒子も重ねよう。空気中に舞うそれを握り、そのまま体内に重ねる。思い付きだが為せば成るものだな、技名でも決めておくか


「「第一の技 ことわりかさね」」


 マルスはこれからいう言葉を重ねてきた。

「いい技名だと思うよ。でも実体のあるこいつらはどうするのかな?」

 マルスが再び杖を振るとサラマンドラが突進し、石壁の上部が石柱となりこちらめがけて飛んでくる。

 一刻も早くHを追いたい場面のはずなのに何の思惑もなくこうもベラベラ喋るとは思えない。タイミングでも図っているのか。なんとなく分かってきたぞ。未来が見える者同士の戦いでは未来をに見たが勝つ。未来が見えたとしてもお互いに未来を変えられるなら後のを把握した方が勝つにきまっている。このお喋りは今の私を脅威と認めたが故の焦りだ。


――シャン


「予告しよう。この死線を乗り越えた時、私の拳は進化する。第二の技 風切かざきり蹄鉄ていてつ!」


 Hは風を牙に変えていた。つまり風という概念に物理攻撃を付与できるという事。その応用で走ってやる。サラマンドラの炎のおかげで上昇気流が発生している!

 私はサラマンドラの頭部を踏みつけ、炎が作る風に乗った。強い浮遊感を足がとらえた。第二の技は成功し、私は石壁よりも上に駆けていた。石柱はサラマンドラの左右を通り過ぎた後にこちらを追尾し、上へ昇ってきた。周囲にはこの風以外ない、つまり逃げ場もない。あるのは希望への活路だ!


「理ノ重!」

「……ほう」

 足場にしていた風を自分に重ねた。足場がなくなり自由落下開始。既に重ねてあるフクロウの光を左手と目に集中。集中した部分がうっすらと輝く。この強化した目と拳で石柱を殴り壊す!


「第三の技 かさね輪唱りんしょう!」


 振り下ろした拳の威力が高すぎた。石柱は爆散し破片が周囲に隕石のごとく飛び散りマルスの杖、サラマンドラ、K宅に甚大なダメージを与えた。いくら未来が見えた所で不可避の攻撃は効く。活路は開かれた。着地の際サラマンドラの脳天に右ストレートぶち込んで落下の衝撃緩和をする。これがサラマンドラのトドメになったようで動きが完全に止まった。辺りには砕かれたが何か力が残っている石の破片とサラマンドラの残り火。もはや誰にも操られていないエネルギー。これも使おう


「第四の技 五行ごぎょう霊装れいそう


 マルスに向かって走りながら重ねた風で自分の周囲にそれらを集め、固め、加工する。焼け石の籠手が完成し、マルスを完全に間合いにとらえた。


「王手だ」

「グッドゲーム」


「第五の技 まこと戦場いくさば

 攻撃すべき場所を見極める。左ポケットの中の何かだ。その何から靄のような力の流れが発生しKの身体を覆っている。偽物でなく操られていたパターンだったようだ。一撃でも食らわせたら危なかった。

 見極めた場所へ最速のジャブを繰り出す。籠手の質量、熱量が加わった一撃はポケットの中の何かを砕き、勝利を確信させた。私ではなくマルスの勝利を


「君の未来視は常時扱える訳じゃないみたいだね」


 靄がKと私の周囲を覆っていく。泥に沈むような不快感に逃走を図るも足が動かない。どうにかして吹き飛ばせないかともがくも、身体が段々とおかしくなる。

 瞳だ。私自身の腕から私を見つめる瞳が無数に開き、肩から虫の足のようなものが生え首を絞めてくる。なんだこれ。意味が分からない。完全に理解を超えている。

 酸素を求め口を開けば舌が風船のように膨らみ口内を完全に閉ざし、鼻はドロドロと融解してく。意識は遠のくことなく、苦しみを味合わせる為かより鮮明になっていく。地獄や深淵とはこういうものを言うのか


「さて、終わらせる前に質問だ。声に出せなくても心に思うだけでいい」

 靄から声が聞こえる。マルスの本当の声か。

「君はなぜ戦う? 命を賭けてまで」

 誰かは知らないけど5円を拾ってもらった。

「は?」

 その子が楽しく1年過ごすにはなんか厄災を滅ぼさないといけないらしいから

「狂人の類だったか」

 子供のより良い未来を願うのが狂人の訳ないだろう

「……一理はあるが、正気じゃないね」

 なにやら寂しさを感じる声だ。マルスは一体何を背負ってこんな事しているんだろう?


「さよなら」


 私の意識はここで途絶えた。

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