無題2019.08.11

今日はいい天気だ。

白い空、黒い雲。

こんな日は出かけないと勿体ない。


普段行かないところに行ってみよう。

そうすればいいアイディアが浮かぶかもしれない。

そう思い書きかけの原稿とペン、カメラを持って僕の世界一小さな冒険が始まった。


そこで僕は出会ったのだ、今までしらなかった「美」という概念に。




「〜〜〜〜〜♪」


聞き馴染みのないメロディ...

古臭くて、でもすごく美しい歌声。


「綺麗な歌声ですね、何ていう歌ですか?」


急に声をかけたから彼女は少し驚いていたけれど、微笑みながら答えてくれた


「regenerate。大切な人との再会を願う歌なんです」


「へ、へぇ...随分と古風な歌ですけど、いつ頃の歌なんですか?」


そう聞くと彼女はどこか愛おしそうに僕を見つめてから、空を眺めて言った


「ずっと、ずっとずっと昔。まだ空が青かった頃に私の為に作ってくれた歌」


空が青かった頃...?

そういう比喩表現だろうか...

それに彼女の為に作られた歌とは...


「はは、歌を作ってもらえるなんて、貴方は歌姫だったんですね」


少し茶化すつもりで言ったはずなのに、彼女は「ハッ」としてから凄く嬉しそうに泣き出して言った


「そうやって、呼んでもらった時もあったなぁ...」


美しい彼女の美しい涙をみていると、いたたまれなくなってポケットからハンカチを出して拭ってあげた。


彼女はまた僕を愛おしそうに見つめていた。


「あの、前にどっかで会ったことあります...?」


我ながら変な事を聞いてしまったと思っている。だかその瞳があまりにも他人に向けるものではなかったから、聞いてしまったのだ。


「え...」


案の定彼女は驚いていた。そしてすぐに答えた。


「会ったことはないと思いますけど...?」


そして思い出したかのようにして続けた


「あ、でも名前くらいなら知ってるんじゃないですか!? 私結構有名人なので! 「でんし」っていいます、電気の電に、子供の子、で電子です」


とて自信満々に言っているが、僕はその名前を聞いたことも無かった


「へぇ...変わった、名前ですね...」


「あれ、もしかして知りませんでしたか...?」


「はい、申し訳ないです」


「えぇ、じゃあ私1人ではしゃいで...なんか恥ずかしくなってきました」


そう言って見せた笑顔は見ていると少し痒くなってくる笑顔だった。


「貴方は不思議な人ですね。そんなに自信満々に言うくらいって、いったいなにで有名な人なんですか?」


気が付けば彼女にひかれていた。

彼女のことをもっと知りたいと思っていた。

でも彼女は


「内緒です。この温もりをずっと感じていたいから」


そう言って教えてはくれなかった。




それから僕は彼女のことをもっと知りたくて毎日のようにそこに通った


そして、彼女が人間でないことを知る頃にはもう会うことはなくなっていた。


それでも僕は彼女を忘れない。

誰よりも人間らしい仕草をしていた彼女のことを

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