第4話 感謝の涙


 目の前に広がる大きな広間。


(これは……礼拝堂か。しかし、とてつもなく広いな)

 ムーラチッハはいままでの人生において、これほどまでに広い部屋に入ったことはなかった。


 正面の大きなステンドグラスと、その下に設けられた大きな祭壇。

 彼が立つ入口から正面の祭壇まで通路があり、明示するかのように赤く重厚な布が敷かれている。


(この布の上を歩いて祭壇まで行けということか)


 通路の両脇には幾重にも長いベンチが据え付けられているのだが、いずれのベンチも観衆で埋まっていた。


 そこから寄せられるのは、無言の衆目であった。

 さまざまな思いが載せられた視線は、ひとことでは言い表せない。


(だが。ちょうどいい。これぐらいでちょうどいい)

 そんなことをムーラチッハは思った。


 彼は、生粋の田舎者であった。

 いままでに注目をされたことなどなかった。


 だからこそ、注目をされればされるほどに彼の内心には滾るものがあった。

 都会に対する反骨心とでも言えばよいのだろうか。



(広間を埋め尽くす視線なぞ、実家で畑をやっていたときに出てきた巨大な熊に比べたら怖くもなんとない)


 彼のここに至るまでの修業の日々は、万座から発せられる視線でひるむような惰弱なものではなかった。

 それほどまでに彼が自らに科した修業は苛烈であった。



 自然と閉まった礼拝堂の扉を背にして、通路の布の上を一歩一歩確実に踏みしめていった。


 悠然とした姿に。

 観衆からは自然と感嘆の声が漏れた。


 彼の歩みからは、経験と覚悟に裏打ちされた風格が漂っていた。

 野次馬たちにも感じ入るところはあった。





 だが、そうした野次馬たちの様子など、ムーラチッハには一向に気にならなかった。


 白を基調とした礼拝堂に満ちた静謐さ。

 その静謐な空気を吸いながら歩くうちに、彼の胸には一つの思いが突如として去来した。



 それは、感謝であった。

 紛うことなき感謝であった。


 この歳まで育ててくれた両親への感謝。

 第八開拓村エイトヴィレッジの仲間たちへの感謝。

 そして、あの魔物大動乱から彼を守ってくれた武侠ヒーローへの感謝。


 誰か一人でも欠けていたら、ここまでたどりつけなかった。

 そんな思いであった。



 そうなってしまうと、もはや彼は堪えることはかなわなかった。

 顔に刻まれた傷痕に沿うように一筋の伝わるものがあった。


 涙であった。

 こみ上げてくる思いを抑えることができずに流した、漢の涙であった。


 弱き者を守護まもる。

 そして、愛のために死ぬ。


 そうした"武侠"の生きざまを体現することを思い描き、必死に生きぬいてきた半生。

 しかし、実は彼は一人で生きてきたわけではなかった。

 武をまとい、武を貫き、武に奉じる。

 そのように生きてきた彼は、実際には周囲の者たちにこそ守護まもられてきたのであった。


 そのことを理解したがゆえの涙であった。


 礼拝堂内に集まった野次馬からは驚嘆の声があがった。

 彼らも、このような清らかな涙を見ることができるとは想像だにしていなかった。



 祭壇の下にたどり着いた彼に向かって、奥の壁面に設置されたステンドグラスから白い光が差し込んできた。

 そのあまりにも神秘的な光景に誰しもが目を奪われた。








■■あとがき■■

2021.12.06

 そろそろギャグを入れたい。

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