第3話 聖女の従者


 ムーラチッハは、音を響かせないように注意しながら静かに聖堂の中を歩み進んでいった。


(なるほど。順路に沿って案内板を配置してくれているのか。"神託の儀"を受けるのは俺だけではないのだから当然か。おかげで迷子になることはなさそうだ)


 順路に沿って歩くうちに、大聖堂のなかの造作が優れていることに彼は気が付いた。


 採光には細心の注意が払われ、一つ一つがいちいち丁寧に作りこまれており、けっして華美には見えぬ。

 彼は感心する一方で、価値を十分に理解できない自らの見分の狭さを恥じた。


 彼は、自らが田舎者であることをわきまえている。

 故郷の第八開拓村エイトヴィレッジは、"人類領域"の中でも辺境に位置する未開の地だ。

 今回のように"神託の儀"がなければ……生涯を通して領都には来なかったであろう。


(女神様を祀る大聖堂に入ることができた。そして、こんな素晴らしい文化に触れることもできた。今日は俺の人生にとって最上の日になりそうだな)




 彼には確信があった。

 それは、今日、"武侠"の天職を授かるという確信であった。



---------------


 大聖堂のなかを順路に沿って進むうちに、大きな扉にたどり着いた。


(なるほど。ここが目的地ということだな)


 彼が扉を押し開こうとして前に立ったときだった。




 ギィ。


 きしむ音をたてながら反対側から扉が開いた。


「うん?」

「あっ……失礼……ひぃぃ!」

 ちょうど反対側から出てきたのは、どこか幼さを残す女性だった。

 

 金糸のごとき輝きを放つ豊かな亜麻色の髪。整った鼻筋と、柔らかそうな唇。そして、つぶらな瞼の下から覗く碧眼。

 いままでにムーラチッハが出会ったことのない、都会を感じさせる洗練された佇まい。

 少し小柄ではあるが、懸命に少女から女性へと変化を遂げようとしている印象を抱かせた。


「すまない。このような風貌ゆえに驚かせてしまったか。私の名はムーラチッハという。これから"神託の儀"を受ける一介の辺境の民にすぎぬ。どうか落ち着いてほしい」

「ムーラチッハさん……ですか。すみません、取り乱してしまって」

 なんとか落ち着いた彼女は、そう返事をしたのちに黙ってしまった。


 ムーラチッハは、どこか影を落としている様子に思わず問いかけてしまった。

「なにかあったのですか?」

「実は……さきほど"神託の儀"で"聖女の従者"という天職を授かってしまいまして」

「ほう? そのような天職もあるのですか」

「司祭さまは、『聖女誕生の先ぶれである!』と大騒ぎをされたのですが……、私は仕えることになる"聖女"さまがどのような方かも存じ上げておりませんし、その方が私のことを従者として認めてくれるのかどうかも不安で……」

「なるほど。そのようなことでしたか」


 "神託の儀"は必ずしも望んだ職業を授けてくれるわけではない。

 その者のありようを見て、人類を導く女神から下賜される贈り物ギフトなのだから。

 当然、その采配には人知が及ぶことなどない。


「貴女のような素晴らしい方が仕えることになる"聖女"さまなのですから、きっと素晴らしい方であることでしょう。何も不安になられることはないと思いますよ」

 ムーラチッハは、役に立たないことを自覚しながら気休めの言葉を吐いた。

 彼の心根には、守護まもることが刻み込まれているのだ。たとえ気休めにすぎぬとも、落ち込んだ者を見過ごすわけにはいかなかった。


「そうですね! "聖女"の天職を授かる御方なのですから、きっと素晴らしい方ですよね!」

「ええ。どうかあまり思い悩まないように」

「ありがとうございます。おかげで胸のなかのモヤモヤが少し晴れました!」


 そういうと、その女性はムーラチッハに礼をして、去っていったのだった。





 あとに残されたムーラチッハは、遠くなる女性の後姿をみながら一言つぶやいた。


「しまった。カッコつけずに連絡先を聞いておけばよかった」と。



 せっかくのチャンスを逃した。

 その事実に大いに落ち込みながら、彼は扉を押し開いた。



 すると、目の前に開けたのは聖堂のなかの大きな広間であった。

 そこは、これから彼の神託の儀が執り行われる場所であった。


 




■■あとがき■■

2021.12.04

「マジかよ……カクコンって10万字書かないといけないのか……。というか、去年も応募したあとに、この要件あるの知ってビビってたわ。そういえばwwwwww」

 というわけで、文字数を増やすモチベーションのためにも、皆さんの♡と★が頼りです。

 なにとぞご支援よろしくお願いします!

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