第4話
「ねえ、直希。皮膚むしり症って知ってる?」
「知らないけど、それがどうかしたの?」弟はゲームする手を止めないまま、口だけで返事した。
「いや、何でもない。」
「ふうん、そんなことはいいからさ、姉ちゃんもゲームしようぜ。」
「いやよ。」
弟の部屋を去ろうとしたとき、もう一つ聞いてみようと思った。一息おいて、私はそれを恐る恐る声に出す。
「あとさ、一応きいておきたいんだけど、あんたは姉ちゃんの名前知ってるわよね?」
「知ってるに決まってるだろ。みずきだろ。」
「漢字で書ける?」
「無理だよ。希の字は書けるけどさ、瑞は習ってねえもん。」
じゃああんたが姉ちゃんの名前を書くときはみず希って書くわけねえ。
「「みず」は平仮名で、希だけ漢字?字面キモイでしょ。」
「別にいいだろ。
てかさ、なんでそんなこと聞くわけ?」
これは適当にごまかすしかない。直希も今や小学5年生になり、知恵がついてきた。しかし、姉の名を漢字で書くことはできない。それは頭が悪いとしか言いようがない。
「えっと、なんていうか、あのね。
子供って、案外家族の名前書けないんだって、今日学校で話題になったのよ。お前はどうかなって思って、一応確認してみただけ。」
二時間目の家庭科の授業中、話が逸れて、先生が延々と雑談していた。その時の内容が、小学生の娘が自分の名前を書けなかったことにショックを受けた、というものだった。
クラスメイトの反応は、人それぞれだった。小さい弟や妹がいる子は、「うちの弟大丈夫かな」などと近くの席の子たちで盛り上がっている。興味のない子は、首を九十度に折り曲げて俯き、寝息を立てている。私は誰とも交流せず、でも顔は前を向いていた。
「あっそ。ゲームしないならさっさとあっち行って。」
冷たい。親の愛情を一身に受けているくせに、姉には冷淡な対応。わがまま野郎。
弟の悪口だったらいくらでも言える。
あいつはこの家の邪魔ものだ。母親は、ダイニングテーブルに「お姉ちゃん」宛てに手紙を残し、いつもパートに行ってしまう。父は私に無関心。私の興味を持っている家族はいない。こんなの、家族じゃないと思う。いうなれば、仮面家族?仮面夫婦というのはよく聞くから、こういう言い方が一番しっくりくる。
こんな言い方、まるで家族を求めているみたいで恥ずかしい。でも、これが本心だから、心の中だけで声に出す。
私を見て。
お願いだから、私を見て。
それはいくら大声で叫ぼうと、誰にも聞こえない。家に居場所がなくて、学校ではみんなが自分と違ってしあわせそうに見える。みんな、誰一人として、私をわかってくれる人はいない。
この世の中には、信じられる人はいない。
私はそう思う。
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