第3話

「みずきちゃん、口から血が出てるよ。」

 田中くんがわたしにこえをかけた。

 わかってる、そんなこと。またやっちゃったから、ちょっと深くむきすぎたから、ただそれだけ。

 まわりの子はみんな、ちょっと口が切れただけでおおさわぎする。なかには先生にいう子だっている。口が切れていることはわるいことで、このクセは恥ずかしいものなんだ。

むいてはなめる。むいたところペロペロのなめてごまかす。できるだけ、人に口をみられないようにしなくちゃ。

 今日はしっぱいした。田中くんには、これからはようちゅういだ。

 けさ、ママが私の顔を見て言った。

「唇荒れてるね。皮膚科行ったほうがいいかな。」

 ダメだ、ぜったい、それはやめさせなくちゃ。私が自分で自分のくちびるをきずつけているなんて、そんなことがバレたらおこられる。ぜったい、ぜったい、おこられる。

 私は、きっとこのクセをなおしてやる。

 今日からはもうむかない。


そうして決意を固めても、結局私は剥いてしまった。ワセリンを処方されて、毎日塗って、それでも良くならない私の皮膚を、母はずいぶん心配していた。

そんなこと、無駄だよ。だって、私が私を傷付けてるんだから。


「ええ、嘘……。」

 いつも通り、ベッドでゴロゴロしながらTwitterを見ていた。トレンドとして画面に映し出されるその文言に、私は目を疑った。

「皮膚むしり症」

字面を見るだけで、これが私の癖に当てはまっているということはわかる。

皮膚をむしる。皮膚を剥く。

それって、同じことだよね。

私は、病気だったんだ。

「変な癖」に説明がついて安心すると同時に、私は怖くなった。子供のころから、自分には自傷癖があったということ。それを、記事は証明してしまっていた。こんなこと、誰にも言えない。

このことは、いったい誰のせい?

決まってる。直希が産まれて以来、私は邪魔者になったから。私は要らなくなったから。両親にとって。

間違いなく、これは親のせいだ。

あの毒親め。

私は親ガチャという言葉を知っている。親は自分では選べない。だからガチャガチャと一緒だっていうこと。私はハズレを引いてしまったんだ。私は親ガチャに外れた。

いや、逆にいえば、親からすれば子ガチャに外れたということ。子供は自分では選べない。私みたいな、まだ子供の直希よりも要らないこんな奴が、小学生の直希より劣る中学生があなたの子供で、申し訳ない。私は、要らない存在だ。

だったら、美しい唇を取り戻すしかない。今までのことをなかったことにして、そうすれば、私はきっと要る人間になれるから。

誰か、お願いします。私に、綺麗な唇をください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る