主語が大きいのが許せないマンが、世界を滅ぼそうとした少女に抗議する話。
西風遥
主語が大きいのが許せないマンが、世界を滅ぼそうとした少女に抗議する話。
「こんな世界大嫌い!、だから滅ぼすわ!!」
少女はそう言って、手を天に向けた。
長い銀髪が波打ち、瞳は炯々と光を放ち理外の力が行使される。
手のひらには轟々と力が集い、空間すら捻じ曲げ、法則を書き換え、莫大な力を今まさに振りまこうとしていた。
半壊した高層ビルの屋上、彼女を止めようとした者、諌めようとした者。
国際規模の組織の暗部、独自に動いた某国の特殊部隊、歴史の裏に潜んでいた魔導結社、彼女の友人だった者等。
その全てが打ち倒され地に伏して居た。
もうこの場に、彼女を止められる力を持つものは居なかった。
強大な超能力、魔力、因果律干渉力。それら全てを備えて生まれた彼女は、あまりにも強すぎた。
人間社会はそれを持て余した。
大きすぎる獣は、みじろぎするだけで檻に罅を入れる存在だった。
呼吸するだけで、全てのバランスを壊すような存在は、羊の群れとは寄り添えない道理だった。
それでも彼女はヒトであろうとした。
ありたかった。
だが、全てが仕組まれ、自らを欺き利用するための網だった事を彼女は知覚してしまった。
無意識に封じて居た「他者の心を読まない、過去を見ない」と言う枷は解かれ、惑星規模のサイコリーディングとサイコメトリーが振るわれた。
あらゆる人物の心が読まれ、あらゆる過去の企みは露わにされた。
彼女が生まれた時から行われてきた、陰惨な人権を無視したあらゆる行為と、それに関わった者たちの負の想念、それらの始まりから今までの全てを余す所なく彼女は読み取った。
常人なら数億回発狂する程の情報と悪意、それら全てを読み取って、しかし彼女の頭脳は明瞭なままだった。
生き物としてのグレードが桁違いに頑強であった。正しく彼女は超越者であった。
しかし、ダメージを受けないことと、好意を抱くかどうかは別である。
ぶちまけられた全ての企みは、彼女を絶望させ、人類との訣別を告げるのに十分すぎた。
「きらい。きらい。大嫌い。」
「だから、こんな世界消えてしまえ。」
もはや全ての抵抗も説得も潰え、この星の終焉を少女が告げようとした時。
「……その世界と言うのはアルファケンタウリも含むのかね?」
変な事を言う奴が居た。
黒眼鏡をかけた学生っぽい奴だった。
あだ名が「メガネ」になりそうな奴だった。
っていうか、そう呼ばれてた。(サイコメトリーで読み取った。)
何故か特殊部隊と超能力者と魔法使いの闘い中に巻き込まれた学生だった。
しかも運良く生き残って居た。
「アルファ……何ですって?」
あまりにも変な角度の問いだった為に彼女は反射的に聞いてしまっていた。
「アルファケンタウリだ。
太陽系から4.3光年、1番近い恒星系だ。」
彼女はその強大な超能力で、このメガネが何の他意も無く、純粋に質問した事を読み取った。
説得しようと言う気も、時間稼ぎして策を巡らす気も皆無であった。
ただ心に思った事をそのまんま問うて居た。
「知らないわよそんなの……。とにかくこの世界は滅ぼすわ!」
相変わらず、彼女の手には破壊と破滅の力が収束していて、振り下ろせばこの星は終わりであった。
一般人であるメガネだったが、轟々と渦を巻き紫電を帯び、空間の鳴動する様を見て、これまで生きてきた中で1番動揺して居た。
……動揺しまくって、空白になった思考がこんな質問をこぼしたのだった。
「だから世界ってどこまでだよ?」と
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「は?何言ってるのよ、世界よ世界
全部壊してスッキリするのよ」
ぶっちゃけすぎであった。
もう少しこう、リリカルでポエムな感じの表現で言えば良いものを。
せっかく美少女なんだから悲しげな表情で、いい感じに難しい言葉を使って読者の心に訴えるような表現で言えば良いのに。
「だから世界とはどの辺まで指して居るのかね?それは。」
メガネは空気が読めない男であった。
そしてビビっていた、だってこれじゃ死ぬじゃん。
そういう思考の果てにヤケっぱちであった。
こうなりゃ遠慮しないで何でも聞いてやる!そんな状態であった。
「えっと…………。」
少女は絶望していたが、同時に腹も立っていた。
今すぐ死ぬ所だと言うのに、なんか小賢しい質問をしてくる奴が居るのにイラっとした。
そいつの質問に明確に答えてやらなければ、なんかこう負けた気がして嫌だった。
だから、ちょっと考えてみる事にしたのだった。
人は何かをする時に、対象を定めてそれを行う。
超能力だろうと魔力だろうと、それは同じである。
拳を振り上げても、的を見ないで振っては空振りとなるのだ。
彼女の場合、超知覚によって無限遠の彼方まで見通し、破壊の手を伸ばすことが可能であったが、それとて無闇に振り回しては意味が無い。
月を壊したければ、月の位置を認識していることが必須なのだ。
「お願い、なんか位置わかんないけど、あれ壊して!」で何とかなるのは御伽噺だけである。
「……それで、何だっけ、さっきの……」
「アルファケンタウリか?」
彼女は天文に詳しくは無かった、興味がなかったからである。
そのように誘導されて育てられていた。
箱庭のような小さな町で、家族も、幼馴染も、クラスメートも、近所のパン屋ですらその全てが偽りで彼女を出さないようにする檻の役目だった。
強大な超能力をさらに羽撃かせるであろう、想像力を極力産まないような環境であった。
いま彼女は、遠い空の向こうを、初めて思いやった。
「そう、それはどこよ?」
「ここからじゃ見えん。」
メガネは空気が読めない奴だった。
生まれて初めて広大な空に想いを馳せた少女の感慨など、読み取れてなかった。
そして容貌どうりに、めんどくさいこじらせSFマニアだった。
ヒビが入った黒縁のメガネを、クイっとあげて説明を始めた。
「アルファケンタウリは、ケンタウルス座の主星だ。」
「ケンタウルス座ってなによ、そんなの知らないわ。ペガサスなら知ってるけど……。」
「黄道十二宮じゃ無いからなあ……、あと北半球からじゃほぼ見えん。」
メガネの、説明したくて止まらなくなるマニアスイッチがオンになった。
ふだん察しが悪い癖に、相手がその分野を全く知らない事を察するのは得意であった。
そんなだからマニアはめんどくさいのだ。
素人に星の説明をするのは難しい。
大体において人は、明るい星と明るい星の間に線を引きたがるものであり。
星座の絵図は、その間にある小さな星々を形にしているからだ。
あと白鳥座とかアバウトすぎて無理だと思います。その間にある細かいの無視すんな。
ともかく星を知らない人に説明をするときは、一番目立つものから起点を作り、その隣、またその隣と広げるのが良い。
これと絵図を示し合わせてようやく形が思い浮かべられる様になるのだが、彼女は有史以来最強の超能力者であり、サイコメトリーの使い手であった。
メガネの頭に浮かんでいる星座を読み取り、地殻を貫通して透視、見えないはずの星座を直視するなど朝飯前であった。
「あー、あれが南十字星で、その隣のやつなのね……」
「そう、それがアルファケンタウリ。太陽系からから最も『近い』恒星だ。」
彼女が地平線の下方という「正しい方向」を見ているのを理解し、メガネは続けた。
「で、あれも滅ぼすのだな。」
聞かれて彼女は戸惑った。
戸惑っている事を感じてさらに戸惑った。
「えっ?、……え?」
メガネはさらに続ける、相変わらず悪意や策謀など一切無く、思った事を次から次に言ってるだけであった。
「世界を滅ぼすんだろう?、無論となりの星系も含むだろう?、なあにたかが4.3光年だ。」
SFマニアの血が暴れ出し、更なる疑問が口をついて出る。
「無論、オリオン腕も全部だろうし、銀河中心核の超ブラックホールも……。
いや待て銀河の全て、約二千億の星々全てを滅ぼすのだな。」
「いや、ちょっとまっ……。」
疑問は膨れ上がり、さらに質問が増え続ける。
「おお済まない、これほどの力だ、既知の宇宙全ての銀河、一千億を滅ぼすのだな。
グレートウォールを焼き払い、
超ボイド構造の虚無の真空を破壊し、
この次元宇宙全てを滅ぼすのだな!!すごいな!!!」
「いやその」
「ああああそれだけじゃ無いと!?まさかこの胞状宇宙の外、次元の違う別の三千大千世界全てか!!素晴らしい!!世界だものな!!並行世界も行っとくか!!!」
「う」
「どうした?」
「うるさあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああい!!!!!」
世の中にイラっとすることは数あれど、調子に乗ったマニアの長広舌ほどのものはそうあるまい。
有史以来最強の、星をも焼き払える超能力者がカンカンであった。
うっかり殺してしまわないように、ちゃんと能力を制御したのはさすが超越者であったが。
彼女が圧倒されて居たのは、SFマニアの長台詞の所為だけではなかった。
星座のイメージを読み取るため、メガネの意識を覗いていたことが仇となった。
圧倒的な解像度の宇宙観、既知宇宙をズームアウトする、膨大で莫大なイメージ。それを読み取ったが故だった。
地球を越え、
月軌道を越え、
水星、火星、金星、木星、土星、天王星、海王星
その外、冥王星、エリス、マケマケ、ハウメアを通り過ぎ
エッジワース・カイパーベルトを抜け、
太陽風衝撃波末端面、ヘリオシースを過ぎ、
太陽の、主星の光が星の海に埋もれるほど、か細く小さくなるほど遠く、
オールトの雲、太陽系の構成物質になれなかった星のかけら達をくぐり抜け、
隣の恒星系、三重連星であるアルファケンタウリの三体運動に驚異を覚え、
巨大な天の川銀河の一つの腕、オリオン腕の数多の星々をめぐり、
その外、大いなる銀河団の連なり、
それら銀河団の集いし超銀河団、
超銀河団が構成するグレートウォール、
なにも無い虚空が1億光年も続く超空洞、ヴォイドを渡る彼方、
幾重にも渡るグレートウォールとヴォイドが織りなす、
その宇宙構造、
そして、
そして、
………………その、外、
この宇宙と言う同一法則の泡の、外、
法則の異なる別の泡、
プランク定数の違う泡、
反物質しか無い泡、
時間の早い泡、遅い泡、
なにも無い泡、ひしめく何かの泡、
にゃるにゃるした泡、くとぅくとぅした泡、
連なり、離れ、生じ、消える、
多数の、無限量のそれら、
それら、
それらを文字通り泡のように作り、壊す、
おおきなーーーーーーーーーーーーーそれ、
それを見てしまったが故だった。
メガネは汗だくだった、全部ぶっ壊すんだな?もっとやれ、と言うふうに応援してたら怒り出してしまった。
マニアの悪い癖だった、人の話をちゃんと聞きましょうってよく言われるじゃないか。
「で?」
「で?」
「どこまでお壊しになられるのですか?」
今更メガネが丁寧語で聞いた、もう遅い感が全開であった。
あと、地球がぶっ壊れて自分も死ぬのが回避できないのは、もう諦めていた。
少女はしばし考えた。
世界は思った以上に広かった。
宇宙は寂しくて、広大に過ぎた。
生き物がいる星はごく僅かで、知性を獲得し心を分かち合えるものは奇跡だった。
しかし広大無偏の宇宙は、無限の試行回数を持って奇跡を湛えていた。
暗く冷たい渺茫とした虚空、その中の僅かな暖かさが命である。
それを彼女は知覚した。
そうして彼女は言った。
「でも、私に酷いことした奴らは許さない!!」
さもありなん、復讐するは我に有り。
こう言うことに慈悲などない。
宇宙が広くて、奇跡が命を織りなすとしても、自分に噛み付いたやつを叩き潰すのは別の話なのだ。
「とりあえずあの組織が居た大陸は、消しとばすわ!!」
そうなった。
この星の大陸が一つ消えた。
地軸とか、気流とか、重力とかは優しく補正された。アフターケアはバッチリであった。
関連組織の海外人員も後腐れなく死亡した。
関わった政治家や財界人は、全裸で全ての秘密をぶちまけた後、破廉恥な行為を衆目に晒した末に発狂した。
大被害であったが、最初に少女がしようとしていた事に比べて遥かに小さな被害であった。
『世界』を滅ぼすのに比べれば、なんと言うことはなかった。
有情だった。
メガネが問い掛けなければ、無限の破壊が行われる所であったのだから。
全て、が消えてしまう所だったのだから。
彼女はさっぱりとした気分で考えた。
もうこの星に用は無いわ、と
大陸消しちゃったことで、色々うるさいし、一万年くらい離れようかと。
そうして思った、一人旅はつまんないわねと。
先ほど宇宙全てを観測したときに、さまざまな興味深い所を発見していた。
美味しそうなもののある所、綺麗な音楽のある所、見たこともない絶景。進んだ技術の星。
それらを見て歩こうと思った。
双眼鏡で遠くから観るのと、実際に現地に立って見るのは別物である。
たとえ超能力の超遠視で見たとしても、その場に立つのはまた別なのだ。
それを誰かと一緒に見れたら、より楽しいに違いない。
そしてメガネにちょっとした恩義も感じていた。
あの妙な質問が無ければ、無制限の破壊でさまざまな素敵なものを破壊してしまう所だったのだから。
あと大嫌いだからと言って自分の生まれた星ごと壊すのはちょっとやりすぎていたと思うから。
ホームは、残っていた方が良い。
そんな事を思い彼女はメガネに声をかけた。
「ねえそこのあんた、私と一緒に宇宙を旅しない?」と
「逆ナンかよ!?」
「失礼ね……、こんな声かけるのあんたくらいしか居ないわよ。
だいたいあんたの夢は宇宙旅行なんでしょ、このまま地球にいても、叶うには千年以上の技術革新が必要なのよ?」
サイコリーディングで、願望など全てお見通しであった。
そして自由な宇宙旅行というのが、生きている内には叶わぬ夢である事もよく分かっていた。
故にメガネの答えはひとつだった
「一緒に行きたい!お願いします!!」
彼女は笑った。
満面の笑みだった。花が咲いた様だった。
「よろしい!まずはアルファケンタウリね!」
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
「ところで自分、真空とか放射線ダメなんだけどどうすれば……。あと寿命も宇宙旅行には足らないスケールなんだけど……。」
「なによそんな事、
ここに居るのは最強の超能力者にして、因果律干渉者よ。
チョチョイのぱで、量子レベルで身体改造よ。
不滅の肉体と、強靭な精神、強力な超能力と因果の外にある存在に昇格させるわ、えいっ!」
「そんな急にアババババババァー!!」
その後、汎宇宙のほとんどの知的種族の間で、
ありとあらゆる銀河と超構造で、
長い銀髪の少女と、顔に黒い輪の装具を掛けた少年の旅行者の伝説が、永く永く語り継がれることになったのは、また別の話である。
彼らはまだきっと旅を続けていることだろう。
終わり
主語が大きいのが許せないマンが、世界を滅ぼそうとした少女に抗議する話。 西風遥 @nisikazeyou
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