第17話
「はぁ、……疲れた」
参観日の帰り道。
すっかり日は傾いて、夕焼けで景色はオレンジ色に染まる。
僕は疲労困憊の状態で、梓とともに帰路についていた。
あの後、梓のクラスメイト全員にサインを書いてあげ、止まることない質問の弾丸を浴び続けた。
最終的には何故か一緒にドッチボールをして遊んだ。
小学生ってあんなに元気なんだなぁ。
おかげで全身だるくてしょうがない。
「もう、それは私のセリフだよ」
呆れた様子でそう言われてしまう。
「クラスの子には質問攻めにあうし、伊万里ちゃんには家に招待して欲しいってしつこく頼まれるし、しまいにはクラスメイトのお母さんにまで絡まれちゃうしで、本当に大変だったんだからね!」
「ご、ごめん」
まさか僕もあんな大騒ぎになるなんて思ってもいなかった。
「本当にもう、明日学校行ったらまたなんか言われちゃうかも」
「……」
「そうなったらお兄ちゃんのせい——……お兄ちゃん?」
並んで歩いていた足を、途中で止めてしまう。
それを変に思った梓は後ろに振り返り、立ち止まる僕を見る。
——結局、わからなかった。
参観日に行ったはいいものの、授業には間に合わなかったし、変に注目を集めちゃうし、それに、やっぱり父さんと母さんは来れなかったしで、梓にとって散々な参観日になってしまったかもしれない。
今回の参観日、梓にとって意味はあったのだろうか。
ちゃんと楽しめたのだろうか。
寂しくはなかったのだろうか。
僕が来て嫌じゃなかっただろうか。
本当はやっぱり父さんと母さんに来て欲しかったのではないだろうか。
考えても、行動しても、結局わからずじまいだった。
……家族なのに。
十年間一緒に暮らしているのに。
兄として妹のことはわかってやるべきなのに。
『考えてわからなかったら行動して、行動してわからなかったら話し合って。わからないのは良いけど、わかろうと努力しないのはダメ』
ふと、白浜さんの言葉を思い出す。
そう、ですよね。
ここでわかることを諦めるのは、ダメですよね。
「どうしちゃったの、お兄ちゃん?」
「——……なあ、梓」
ちゃんと話し合おう。
今日はつまらなかったと言われても、父さんと母さんに来て欲しかったと言われても、ちゃんと受け止めて、わかってやるのが、兄貴の責務だ。
「……今日は、どうだった?」
「どう?」
僕の問いに、梓は首を傾げる。
「ほら、その、結局父さんと母さんは来れなかったじゃん」
「……」
「それに、僕も授業には間に合わなくてさ」
「……」
「せっかく楽しみにしてた参観日だったのに、台無しになっちゃって……」
「……お兄ちゃん」
梓は俯く僕に近づき、顔を見上げる。
そして、優しく微笑む。
「楽しかったよ」
「……え」
予想外の返答に、それしか言葉が出ない。
てっきりマイナスな答えが返ってくると思ったのだけど。
「そりゃあ、授業中は一人だったし、クラスのみんなに質問攻めにあうし、お父さんとお母さんに会えなかったのは残念だけど」
「だけど?」
「……嬉しかった。あの時お兄ちゃんが来てくれて」
「……そっか、…………そっか」
その言葉の嬉しさをかみしめるように、僕は同じ言葉を繰り返す。
——そっか、喜んでくれたのか。
ホント、仕事抜け出して来た甲斐があったよ。
僕はその言葉一つで報われた。
ちゃんと、意味はあったんだな。
「ほらっ、早く家変えろっ! お父さんとお母さん待ってるんでしょ?」
「ん、ああ、そうだな」
夕焼けに染まった住宅街を、梓は軽やかな足取りで歩く。
僕もその小さな背中を追うように、家へと向かう。
「ねぇ」
「ん? どうした?」
梓はくるりと後ろに振り返り、僕を見る。
夕焼けをバックに映るその表情は、屈託のない笑顔で染まっていた。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
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