第18話

 家に帰った後、仕事を終えて帰ってきた父さんと母さんと食卓を囲み、食後のケーキを食べたり、僕の初出演ニュースをいじられながら見たりと、それなりに充実した日を送った。

 そしてその翌日。

 僕は昨日同様、朝ドラの収録へと向かっている。

「はぁ……」

 スタジオ近くの街中を歩く最中、僕は何度も溜息を吐く。

 憂鬱だ。

 なんせ昨日、収録すっぽかしちゃったしな。

 はぁ、絶対監督さんに怒られる。

 共演者やスタッフの皆さんにも謝罪をしに回らねばならないと思うと、進む足が重たく感じる。

 でも、今日も休んでしまったらそれこそ取り返しがつかなくなる。

 具体的に言うと謝るだけじゃ済まない。

 とにかく、今日ちゃんと謝らないと。

「ねぇ、あれって……」

「やっぱりそうだよね……」

 ……?

 なんだか、妙に視線を感じる。

 朝ドラに出演してから時々気づかれることはあるが、今回の視線はそれとはまた別のような感じがする。

 今まで気づかれることなんて一週間に一回あるかないか程度だったのに、今ではここに来るまで数回は通行人に二度見されている。

 なんだろう? 急に朝ドラが人気になったのかな?

 

 背中に視線を浴びながら、僕は収録現場に入る。

「おっ、アオト君じゃないか」

「あ、監督」

 控室より先にスタジオに入り、監督に謝ろうとすると、都合よく監督の方から声を掛けてくれた。

 しかも何故かいつもより機嫌が良さそうだ。

 どうやら怒っているようである。

 そのことに僕は少し安心する。

「あの、先日はすいませんでした」

 それでも謝らないわけにはいかないため、二言目に謝罪を述べる。

 いくら機嫌がよくても、なんからの注意はされるだろう。

 と、身構えていたのだが、

「ん? ああ、いいよいいよ」

 まさかのお咎め一切なしだった。

 あまりにあっさり許されてしまったため、拍子抜けである。

 胸に違和感を残しつつも、僕は許されたことへの安堵に浸っていた。

「妹さんの参観日だったんでしょ? いやぁ、妹想いなのは良いことだよねぇ」

「え? あ、ありがとうございます……?」

 なんで監督が参観日のこと知ってるんだ?

 事情は話してないし、——あっ、もしかして。

 心当たりとなる人物が、一人いた。

 白浜さんだ。

 きっと気を使って監督に事情を話してくれたのだろう。

 ホント、白浜さんにはお世話になりっぱなしだな。

 何か、お礼をしないと。



 収録後。

 昨日と今日の分の撮影を終え、僕は控室で休憩を取っていた。

 流石に一日で二日分の仕事をこなすのは大変だったな。

 まぁ、サボった僕が悪いんだけど。

「やぁアオ君! 昨日サボったんだって?」

「撮影終わった後に来る貴女にだけは言われたくないです」

 もはや遅刻したことに対して謝罪一つしない武富さんが、いつものテンションで控室にやってきた。

 というかこの人、昨日の収録来なかったよな?

 サボった僕もたいがいだが、来てさえいない彼女よりはマシだろう。

 それより、

「武富さんもそのこと知ってるんですね」

「サボって妹の参観日行ったこと? ——まあねぇ。なんたって私はアオ君のマネージャーだから」

 と、彼女は誇らしげに言う。

 ならちゃんとマネージメントをして欲しいものだ。

 ——武富さんも、白浜さんから聞いたのかな?

 共演者もスタッフもみんな知ってたし。

 でも、彼女は昨日現場に来ていないし、白浜さんとは会っていないはず。

 いや、僕がスタジオを中抜けした後に来たのかもしれない。

 それなら辻褄が合う。

 しかしなんだか腑に落ちない。

 あの口の堅そうな白浜さんがいろんな人に僕の事情を吹聴しているとは考えづらい。

 監督やスタッフ、共演者ならまだしも、武富さんに教える必要あったのかな。

 まあ一応こんなのでも僕のマネージャーだし、当然と言えば当然かもしれないが、

 ……やっぱり納得がいかない。

 未だに胸の奥に違和感が残留し続けたままだ。

 引っ掛かりを感じていると、武富さんが、

「まっ、私は今朝、トゥイッターで知っただけなんだけどねぇ」

「へ?」

 トゥイッター?

 それって確か世界中で人気のSNSの一つ。

 有名人だけでなく、一般人もこぞってやっている。……らしい。

 僕はやったことがないため、あまり詳しくはない。

 しかし、

「どうして僕のサボりがトゥイッターに関係するんですか?」

 単純な疑問を投げ返ると、武富さんはきょとんとした顔をする。

「え? もしかして、アオ君知らないの?」

「知らないって、何がですか?」

「……マジで知らないの?」

「マジで知らないです」

「……」

「……」

 え、何この空気?

 もしかして僕がそのことを知っている前提で武富さんは話していたのか。

「知らないって、本当に昨日のトゥイートのこと知らないの?」

「昨日のトゥイート?」

 何の話をしているんだ?

 なんだか話がかみ合っていないような……。

「ほらっ、これだよ!」

 と武富さんにトゥイッターのとあるトゥイートの画面を見せられる。

 そこには、

[俳優の柊アオトが仕事抜け出して妹の参観日に来ているw]

 というコメントと一緒に、一枚の画像が添付されている。

 そこには、小学校の教室にいる僕の姿が捉えられていた。

…………え?

な、なんで僕の写真が?

もしかして、教室にいた保護者の誰かが投稿したのか?

っていうか、五万リトゥイート!?

詳しくないからわからないけど、た、多分これすごく多いよね。

「ん? ……この、井戸の井みたいなやつの後ろに書いてある——」

「ハッシュタグね」

 #←これハッシュタグって読むのか。知らなかった。

 ってそれより、そのハッシュタグの後ろについている不可解な単語についてだ。

「この〝シスコン王子〟って何ですか?」

 一体どういう意味の言葉なんだろう。

 小馬鹿にしたようなあだ名に見えるのだけど、一体誰を指す言葉なんだろう。

「それ? 君のことだよ」

「ああ、僕ですか。————………………………はい?」

「シスコン王子。君のことだよ」

「…………」

「今シスコン王子ってハッシュタグは結構流行っていてさ、君も結構有名になってるんだ。シスコン王子として」

「………………」

 絶句。

 それ以外に僕が取れるリアクションはなかった。

 僕の知らないところで、僕の知らない僕のあだ名で、一夜にして有名になっていた。

 故に絶句。

 それしかできない。

 ……なんだよ、……シスコン王子って。

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