第15話

 12時47分。

 父さんからの電話を切り、僕はその場に立ち尽くしていた。

 ここでこんなことをしていたって意味はない。

 どうせ梓のことでは何もできないのだ。

 せめてドラマの仕事くらいちゃんとやらなくては。

「早くスタジオ戻らないと」

 そう思い、後ろを振り返ると、

「……白浜さん」

 そこには白浜さんの姿があった。

「スタジオの前ですごい声が聞こえたから、来た」

 あの時、スタジオの中まで声が届いていたのか。

 あとで共演者にもスタッフにも謝らないと。

「なにかあった?」

 首を傾げ、聞かれる。

 まあスタジオの前であんな大声出せば気にならない方が難しい。

「いえ、……たいしたことではありません」

「そうは見えない」

「……」

「よかったら話して」

 丸みを帯びた声色に、僕はつい口を開いてしまう。

「本当に、たいしたことじゃないんです。ただ妹の参観日に両親がいけないみたいで。……梓、——妹はすごく楽しみにしてたのに……」

「そう。……柊君はいいお兄ちゃんだね」

「そんなことないです。——ホント、ダメな兄貴なんです」

 謙遜ではなく、事実として自信を嘲笑する。

 いつも辛いときに梓は隣で支えてくれたのに、当の兄貴である僕は妹の楽しみにしていたこと一つ何とかしてやることができない。

 そんな自分が、情けなくてしょうがない。

「…………柊君、背中見せて」

「え、せ、背中ですか?」

「うん。早く」

「は、はい」

 催促を掛けられ、僕は言われるがまま白浜さんに背を向ける。

 すると、

「スパァアアン!」

「い゛ッ!?」

 破裂音にも似た音が、背中の痛みとともに体に響き渡る。

 背中を叩かれた。

 それはもう盛大に叩かれた。

 想像以上の激痛に膝から崩れ落ち、左手を背中に回して叩かれた部分を抑える。

「あっ、ごめん。痛かった?」

「当たり前でしょ‼」

 唐突なことで、思わず強く当たってしまう。

 でもやられた仕打ちに比べれば優しいモノだろう。

「ごめん」

 な、なんなんだ。この人……?

 叩いたかと思ったら次は謝ってくるし、一体何がしたいんだ?

 相変わらずわからない人だ。

「——ただ」

 白浜さんは僕の目を見て、続ける。

「今の柊君見てたら、こうしたくなった」

「……それは」

「うじうじするのはよくない。早く妹さんのところに行けばいい」

「で、でも、今僕が抜けたらいろんな人に迷惑かけちゃいますし、——それに、僕が行ったって意味ないですし……」

 求められているわけでもないのに行っても、意味なんてない。

 ならせめて、自分のことだけでもちゃんとやらないと。

「今度は顔にする?」

「ひっ! か、勘弁してください」

 振り上げられた手に、反射的に怯えてしまう。

 しかしその掌が僕の頬に炸裂することはなく、ゆっくりと振り下ろされる。

 そして、白浜さんは真っ直ぐな目で僕を見る。

「柊君は人のこと考えてるようで、自分のことしか考えてない」

「え……」

「周りの人のことも、妹さんのことも、考えてない」

「そんなこと——」

「考えてない」

「……」

 強く否定され、何も言えなくなる。

「迷惑かけるとか、意味ないとか、そんなこと君が決めることじゃない」

「……」

「勝手に決めつけすぎ。決めつけているだけで、考えてない」

「……っ」

「だから、ちゃんと考えて。妹さんのことちゃんと考えてあげて」

 考える。

 そんなこと言われたって、

「…………わからないです。梓がどうして欲しいかなんて、僕には——っ!」

 彼女の両手が僕の頬を挟む。

 身長差もあり、彼女は背伸びして僕の頬に触れている。

 そして、うじうじ悩んでいる僕の顔を力強く見つめる。


「それでいい」


「わからなくていい。でもわからないままにしないで。考えてわからなかったら行動して、行動してわからなかったら話し合って。わからないのは良いけど、わかろうと努力しないのはダメ」

「っ!」

「考えてわからないんでしょ。なら次にどうすればいいか、もうわかってるんじゃない?」

 ここにいれば、きっと一生わからない。

 梓のいないこのスタジオで何をどう考えたってアイツの気持ちがわかるわけない。

 だったら、

 考えてわからないなら、——行動する……!

「すいません! 僕、今日の収録サボります!」

 今まで直視できなかった白浜さんの顔を見て、しっかりとそう伝える。

「うん、いってらっしゃい」

 小さく微笑む白浜さんを背に、僕はスタジオを後にする。

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