第14話

 12時58分。

 教室の中は授業を見に来た保護者でごった返し、クラスメイト達は友人たちと両親のことについて雑談を交わしていた。

「お前の父ちゃんどれ?」と尋ねたり「お姉ちゃんも来てるの」と自慢したり「お前の母ちゃん化粧厚すぎ!」と小馬鹿にしたりと賑わいを見せている。

 私はその話題に入れずにいた。

「梓ちゃんのパパとママ、まだ来てないみたいだね」

 友達の伊万里ちゃんが優しく声を掛けてくれる。

「……うん」

 授業開始二分前となればほとんどの親が来ているが、お父さんとお母さんはまだ来ていない。

 不安と焦りで、最悪のことばかり考えてしまう。

 もしかして教室の場所がわからないのかもしれない。

 うん、そうだ。きっとそうに違いない。

 そう思い込み、気持ちを落ち着かせた。

「なんだよ、梓の両親まだ来てねえのかよ! ダッセー!」

 クラスのムードメーカー的存在の亮太くんが、突っかかってきた。

 亮太くんは私に何かあると毎回嫌がらせをしてくる嫌な子だ。

「ちょっと、亮太! やめなさいよ!」

 それに反発して伊万里ちゃんが声を上げる。

「んだよ! ホントのことだろうがよ!」

「何よその言い方! あんたホント——」

「い、伊万里ちゃん……。わ、私は気にしてないから、大丈夫だから、ね?」

 これ以上は大きな喧嘩に発展しそうなので、私が仲裁するほかなかった。

 私だってあんなことを言われて悔しくないことなんてない。

 でも、せっかくお父さんとお母さんが来てくれる参観日だし、今は我慢しないと。

 私のせいで空気を悪くすることはできないよ。

「梓ちゃんがそう言うなら……」

「チッ、ブス梓がッ……!」

 両者不満ながらも、いったんは身を引いてくれた。


 二分後。

「はぁい、皆さん席に着きましたね。今日は参観日ということで、特別授業を執り行います」

 いつもよりワントーン高い声で授業を進行する先生を横目に、私はチラチラと教室の後ろに整列する保護者の姿を見る。

 ……やっぱり、いない。

「皆さんのお父さんやお母さんが来てくれたということで——」

「はぁーい! 梓の両親がまだ来てないでーす!」

 茶化すように亮太くんが大声で先生に報告する。

「あら、そうなの梓さん?」

「え、その、……た、たぶん、遅れえてくると、思い、ます」

「そう、それなら良かったわ。——じゃ、授業を始めます」

 お父さんとお母さん、まだ迷ってるのかな……。

 ちゃ、ちゃんと来てくれるよね。

「大丈夫だよ。梓ちゃん」

 隣の席にいる伊万里ちゃんが落ち込んでいる私を気遣って、励ましてくれる。

「ありがとう、伊万里ちゃん」

 私は精一杯の笑顔を張り付け、そう返す。


「じゃあ次は、お父さんやお母さんと一緒に問題を解いてみましょう」

 授業中盤。

 保護者と一緒に問題を考える時間がやってきた。

 まだ、お父さんとお母さんは来ない。

 今日のために、問題予習してきたんだけどな……。

 ……お父さんとお母さん、来てくれないのかな。

 もしかして、私の参観日に行くの嫌になっちゃったのかも。

 授業が始まって三十分が経過しても、未だに見えない両親の姿に、とうとう私も弱気になってしまう。

 スカートの裾を握りしめ、俯いた状態で真っ白なノートを眺める。

「梓ちゃん、よね?」

「……? はい」

「あのね、私伊万里のママなんだけど、よかったら問題解くの一緒にやらない?」

 どうやら、一人でいる私の姿を見かねてか、伊万里ちゃんの母親が声を掛けてくれたようだ。

「一緒にやろ。梓ちゃん」

 伊万里ちゃんも快く歓迎してくれる。

「娘もこう言ってることだし、ね?」

「……はい、……ありがとう、ございます」

 もう笑顔を張り付ける余裕もなく、ただ首を縦に振った。

 そんな時、後ろからクスクスと笑い声が聞こえてくる。

 そっと後ろを振り返ると、亮太くんがこちらを見て小馬鹿にするように笑っていた。

 その笑みが追い打ちとなって、私の気持ちはより深く沈む。

 私はいたたまれない気持ちのまま、伊万里ちゃん一家とともに授業を受けた。




「はい、今日の授業はここまで。本日はお忙しい中お集まりいただきありがとうございます」

……結局、お父さんとお母さんが来ないまま、授業は終わりを迎えてしまった。

昨日は「行ける」って電話で言ってたのに、どうして?

やっぱり、私の参観日に来るのは嫌だったの。

それとも、私のことが嫌いになっちゃったの。

マイナス思考ばかりが働いてしまい、悲しい気持ちで押し潰される。

「梓ちゃん……。その、元気出して」

「……」

伊万里ちゃんの声はもう届かない。

俯いたまま、唇を嚙み締め開こうとしない。

目頭が熱い。

クシャクシャになったスカートの裾をより強く握りしめ、流れそうになる涙をグッと堪える。

それでも、視界は潤んでおり、今にも零れ落ちてしまいそうだ。

————寂しいよ、お父さん、お母さん。

そう思った瞬間だった。


「パァアアン!」


 勢いよく教室の扉が開く。

 その音は生徒だけでなく保護者の視線まで一点に集める。

「ハァ……、ハァ……」

 走ってやってきたのか、激しく息切れしている。

 それでも力を振り絞るように、口を開く。

「あ、あの、……柊梓の保護者代理で来ました」

 どうして、ここに……。


「柊アオトです」


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