第13話


「あれでよかったの、千代」

「ええ、こうすることが彼にとっても幸せなことなのよ」

「でも、彼といるとき貴女とても楽しそうだったじゃない」

「だからダメなのよ」

「えっ、それってどういう……」

「…………これ以上彼と一緒に居たら、私まで彼を好きになってしまうからよ」


「……——はい、カット! いったん休憩入りまーす!」

 時は流れ、翌日の昼間。

 僕は朝ドラの収録スタジオにいた。

 朝ドラの内容は物語の主人公であり二十八歳バツイチ女性の「千代(白浜さん)」と、画家を目指す大学一年生の「忠司(僕)」を中心とした恋愛ドラマ。

 さっきのシーンは忠司が千代に愛の告白をするも、千代がそれを断ってしまったことを知って彼女の同僚がそれについて尋ねてくるシーンである。

 本来同い年である白浜さんと僕が十歳差という設定は無理がある気もするが、白浜さんの大人びた演技力もあってか、さほど違和感はない。

 次のシーンは僕の出番があるし、台本でも見直しておくか。

 僕はスタジオの隅に設けられた休憩コーナーのパイプ椅子に腰かけながら、台本を開いていると。

「昨日ぶり、柊君」

 演技を終えた白浜さんが気軽に声を掛けてくれる。

「あっ、白浜さん」

「台本確認中?」

「はい、そんなところです」

「邪魔しちゃった? ごめん」

「い、いえ、そんなことないです! むしろ話しかけてくれたおかげで少し緊張が解けたくらいです」

「そう、ならよかった」

 昨日いろいろ話せたおかげか、スタジオでも自然と話ができている。

 最初はきょどりまくりだったしな、あはは……。

「そういえば昨日の——」

『プルルルル、プルルルル』

 白浜さんが何か言おうとした途端、僕の電話が鳴る。

 収録中だから電源切っていたはずなんだけど、切り忘れてたのかな。

 カメラが回っている時にならなかったのは幸いだった。

「あ、す、すいません。話の途中に」

「いい、別に気にしてない。それより、電話出たほうが良くない?」

「はい、少し席を外させてもらいます」

「んっ」

 席を立ち、お辞儀をしてからいったんスタジオを抜ける。

 スタジオの出入り口を開け、渡り廊下に出るとポケットで鳴り続けている携帯電話を取り出す。

 父さんから電話? 一体なんだろう。

 疑問を抱きながらも電話に出る。

『もしもし、アオトか?』

「僕の電話なんだから当たり前じゃん。——それで、どうしたの? もう梓の参観日に向かってるんだよね?」

 確か一昨日見たプリントでは1時から始まるはずだから、あと十五分ほどのはず。

 もう学校に着いていてもおかしくない時間だ。

『そ、そのことなんだが……』

 父さんはバツが悪そうに言葉を詰まらせる。

「どうしたのさ? まさか渋滞にでも巻き込まれたの?」

『いや違うんだ。そうじゃなくて……』

 何かを躊躇っているのか、言い渋っている様子だ。

「なんだよ、父さん。言ってくれないとわからないよ」

『……』

「父さん?」


『——……実は、父さんたち参観日に行けなくなったんだ』


 …………は?

「ど、どういうことだよそれ‼」

 思わず声を荒げてしまい、辺りにいたスタッフの視線を集めてしまう。

 ハッとそのことに気づいた僕は、そそくさとその場を立ち去ろうとロビーの方まで歩く。

「なんで急に、——昨日は行けるって言ってたじゃんか……!」

『きゅ、急な仕事が入ってしまったんだ』

「そんな……」

『だから代わりにアオトが行けたらと思って連絡したんだ』

「そんなの無理だって! 今収録中なんだぞ!」

 ここは地下鉄を使っても自宅まで片道三十分はかかる場所だ。

それから学校に向かうとなれば二十分はかかる。

今から向かってもどうせ間に合わない。

——それに、梓は二人が来ることを楽しみにしてたんだ。

 僕が行ったって……。

『そ、そうだよな。無理を言ってすまない』

「なあ、どうにか仕事抜け出せないのか? 途中からでもいいから出てやって欲しいんだよ」

『悪いがそれはできない。今取引先に出向いていて父さんも母さんも夕方まで帰れそうにないんだ』

「……そっか」

 僕と梓が生活していくための仕事だ。

 父さんも母さんも出来ることなら梓の参観日に出たかったはず。

 そもそも何もできない僕が責める権利なんてない。

『本当にすまない』

「僕に謝ってどうするんだよ。謝るなら梓にだろ」

『ああ、そうだな。——その、お土産にケーキでも買ってくるから、梓にそのことを伝えといてくれ』

「わかった。それじゃ」

 通話を終了させ、携帯電話の電源を切る。

 ……帰った時、一体どんな顔して梓に会えばいいんだろう。

 一昨日も、昨日も、とても楽しそうに参観日のことを話していた。

 きっと、今だって二人が来るのを楽しみに待っているはず。

 ——別に両親が悪いわけではない。仕事なのだから仕方ない。

 この中で悪者がいるとしたら、

 それは、何もできない僕だ。

 収録があっていけないし、行けたとしても間に合わないし、間に合ったとしても梓は二人が来てくれた以上に喜ぶことなんてない。

 悲しそうに笑う梓の顔なんて、もう見たくない。

 でも、どうすることもできないじゃないか……!


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