第12話

 午後九時。

 夜が更け、街灯の光が眩く光る中、僕は最寄りのコンビニへと足を向けていた。

 結局家に入り浸り、晩飯まで食べて行った武富さんを駅まで送り届け、その帰りに何の気なしにコンビニ立ち寄ることにした。

 特に買いたいものもないため、立ち読みでもしようかな。

「らしゃっせー」

 夜間のコンビニにありがちな、短縮された「いらっしゃいませ」で迎えられながら入店する。

 店内にはバイトと思しき店員が一人と、客の男性二人組のみ。

 夜中のコンビニなんてこんなものだろう。

 僕は雑誌コーナーで立ち止まり、一番近くにあったメンズ雑誌を開く。

 雑誌に映っているモデルの人たちはお洒落な服装をうまく着こなしており、自分でもこんな服を着ればモデルと同じようにお洒落になれるのではないかと錯覚してしまう。

 やっぱり、俳優として少しは仕事もらえてきているわけだし、プライベートにも気遣った方がいいのかな。

 持っている服なんて、デパートで買ったセール品ばっかだし。

 でも、僕みたいな無名がそんなこと気にするなんて自意識過剰が過ぎるよね。

 まずは週刊記者に撮られるくらい有名にならないと。

「らしゃっせー」

 向上心を抱いていると、誰かがコンビニに入店してきた。

「おいっ、あの子チョー可愛くね?」

「お前知らないのかよ? あの子芸能人だぞ」

「マジで!? ちょっと声かけちゃおっかなぁ」

「俺らみたいな一般人が相手にされるわけねえだろ。やめとけよ」

 なんだか少し騒がしいな。

 どうやら、僕のあとに入店してきた人に男性二人組が反応しているようだ。

 話を聞く限り女性の有名人みたいだな。

 多少誰かは気になるが、わざわざ足を動かしてまで確認したいというわけでもないため引き続き雑誌に目を向けていると、

「コツコツ」とこちらに近づいてくる足音が一つ。

 先程入店してきた女性のモノだろうか。

 彼女も僕同様、雑誌コーナーで足を止め、すぐ隣で雑誌を立ち読みしている。

 せっかくこんなに近くにいるんだし、誰なのかくらい確認しとこうと、軽い気持ちで視線を左横にずらす。

 ショートパンツに白いパーカーと、比較的ラフな格好をしている。

 遠出してきたって感じではなさそうだし、ここら辺の人なのかな。と推測をたてながら視線をさらに上の方に向ける。

 ……彼女の顔に視線を向けた瞬間、僕は衝撃のあまり固まってしまう。

 だってそこには、僕が尊敬する女優の姿があったのだから。

「…………し、白浜さん……?」

「……? あっ、柊君」

 思わず彼女の名前を呼んでしまった。

 な、なんで白浜さんがここに……?

「こんばんは」

「え、あ、こんばんはです」

 すごい自然に挨拶された。

 まあ彼女からしたらただドラマの共演者とプライベートで会っただけだから、さほど驚きふためくことでもない。

「柊君はここら辺に住んでるの?」

「あ、はい。生まれた時からずっとこの辺に住んでいます」

「へー、そうなんだ」

「はい、そうなんです」

「……」

「……」

 間が持たない。

 な、なんか喋んないと。

「し、白浜さんもここらへんに住んでいるんですか」

「うん。最近引っ越してきた」

「へぇ~、そうなんですね」

「うん、そう」

「……」

「……」

 あれ? デジャブ?

 このやり取り数秒前にもやった気が……。

 ピクリとも動かない白浜さんの表情も相まって、気まずさがずっしりと僕の背中によしかかる。

 会話ってこんなに難しかったんだ。

 ノノさんとか武富さんとかには自然に話せるのだが、白浜さんとはどうも間が持たない。

 相手が人気女優ということもあるのだろうけど、白浜さん特有の話し方というか雰囲気が会話をより難しくしている。

 いや、単純に僕のコミュニケーション能力が低いだけなのかもしれないけど。

「服、好きなの?」

「え?」

 唐突に問われ、反射的に疑問で返してしまった。

「服の雑誌、持ってたから」

「あ、ああ、そういう。——その、特別好きということはないですね」

「じゃあ、どうしてそれを?」

「恥ずかしながらお洒落には疎くて、少し勉強でもしようかと。あはは」

 笑って場を和ませようと努力するも、相変わらず白浜さんは眉一つ動かさない。

 そういえば、今まで白浜さんが演技以外で笑っているところ見たことないな。

 実際の白浜さんって表情というか、感情が薄いのかな。

「……買ってあげようか、それ」

 突拍子もなくそう提案される。

「え、きゅ、急にどうしたんですか」

「何となく。——それで、どうする?」

「いや、流石に悪いですよ。奢ってもらうなんて」

「……そっ」

 あれ、なんか残念そう。

 何気に初めて彼女の感情を読み取れたかもしれない。

「後輩に奢るの、やってみたかった」

 え、そんな理由で落ち込んでいたの、この人。

 それに後輩に何か奢ることなんて、そんな憧れることでもないだろうに。

 でもなんか、あまり感情を露わにしない白浜さんを落ち込ませてしまったと思うと、罪悪感が重たく感じる。

 なんだかとても悪いことをしてしまった気になる。

「…………そ、その、やっぱり奢ってもらっていいですか?」

「っ! ——うん。先輩に任せて」

 あっ、今度は嬉しそう。

 白浜さんはいつもより少し軽やかな足取りで、レジに持っていく。

 僕はその姿を雑誌コーナーから眺めていた。

「一点で798円になります」

「はい」

 と白浜さんがショートパンツの左ポケットに手を入れる。

「……」

 今度は左ポケットに手を入れる。

「……」

 更に今度は後ろポケット二つに両手を入れる。

「……」

 しまいにはポケットのないパーカーにまで手を当てる。

 ……まさか、あの人………。

「…………」

 白浜さんは数秒レジの前で立ち尽くす。

 そして、商品をもって僕の前に戻ってくる。

「……もしかして」

「……」

 何となく察する僕と、気まずそうに黙する白浜さん。

 彼女は雑誌を両手で握りしめ、僕と視線を合わせないように俯いている。

 ——そして、ゆっくりと口を開く。

「………………財布、…………忘れた」

「……」

「……」

 沈黙が続く。

 無表情なのに彼女が羞恥に染まっていることが容易に想像できる。

 こ、これは恥ずかしい。

 やってしまった側の白浜さんはもちろん、やってしまわれた側の僕さえも気まずさを感じざるを得ない。

「……あの、自分で買いますよ」

「…………ごめん」

 商品棚に戻すのも申し訳なく、買うつもりがなかった雑誌を、自腹を切って買うことになってしまった。


 それでも、白浜さんのことを知れたと思えば安い買い物だ。


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