第11話

「ふぅ、さっぱりした」

 瀕死状態のノノさんとはランニングの途中で別れ、十キロほど走ってから家に帰宅した。

梓はすでに学校へと行っており、一人家にいる僕はシャワーを浴び終え、暇を持て余していた。

「……テレビでも見るか」

 ランニングシャツに半ズボンという初期装備並みの軽装でリビングのソファに腰掛け、テレビの電源を付ける。

『本日のゲストは、今話題沸騰中の女優、白浜 黎さんです!』

『こんにちは』

 番組MCが意気揚々とゲスト紹介をするのに対し、当のゲストである白浜さんは無気力な挨拶をするだけ。

『今日のテーマは「芸能人の私生活」ということですが、白浜さんは普段家でどのようなことをしているんですか?』

『えーっと、……ご飯とか食べます』

『いや、家でご飯食べるのはみんなやってるでしょ!』

 白浜さんの発言に他のキャストがツッコミを入れると、スタジオにはドッと笑いが起きる。

 多分だけど、白浜さんボケじゃなくて素でそう答えているんだろうな。

 ——それにしても白浜さんはすごいな。

 昨日はニュースの仕事のあと他のバラエティ番組にも出ていて、おまけに今日もゲスト出演の仕事があるなんて。

 最近は雑誌の仕事とかもやっているらしく、いろんなところで活躍している。

 そんなすごい人と同じドラマで共演させてもらっているんだ。

 なんだかあまり現実味がない。

 僕にとって雲の上の人である彼女と同じスタジオで演技ができているということが、未だに信じられない。

「ピーンポーン」

 突然、家のチャイムが鳴る。

 宅配かな? でもそんなの頼んだ覚えないし。

「ピーンポーン」

 新聞勧誘とかだったらめんどくさいし、居留守でやり過ごそう。

「ピーンポーン」

 しつこいな……。

「ピンポンピンポンピンポンピンポン」

 チャイムを連打している音が家中に響く。

 それでも、シカトを続けていると。

「ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン」

「…………」

「ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン」

「………………まったくっ、……はぁーい! 今出まーす!」

 しびれを切らし、テレビの電源を切り玄関へと向かう。

 ガチャッと鍵を開け、玄関のドアを開け僕は開口一番に、

「新聞ならいりません」

 と少し強気で突っぱねるも、そこにいたのは新聞会社の職員ではなく。

「生憎新聞は販売しておりませーん」

 ご機嫌な調子でそう返す主の正体は、

「……え、武富さん!?」

「その通り、武富さんでぇす♪」

 そこにいたのはビニール袋片手にいつもの調子の武富さんの姿。

 お酒の臭いはしないためまだシラフの状態のようだ。

「な、なんでここに……」

「遊びに来た。あっ、勝手に上がらせてもらうね」

 僕の了承も得ず、武富さんはズカズカと家の中に入ってくる。

「いや遊びに来たって、仕事はどうしたんですか?」

「アオ君が休みならアオ君のマネージャーである私が休みなのは当然でしょ」

「その理屈はおかしいですよ!」

 そんな常識を問われたような顔をしないで欲しい。

 第一僕が仕事していても何もしてないくせに。

「まあいいじゃないか。ほらっ、お土産もあるからさ」

「あっ、ありがとうございます」

 ビニール袋を受け取り思わず素直に礼を言ってしまった。無断で家に押し掛けてきた人なのに。

 コンビニのレジ袋だしお菓子か何かかな? 梓が帰ってきたら一緒に食べるか。

なんて考えながら中身を確認してみると、

「……これ、僕へのじゃなくて自分へのお土産なんじゃ」

 中に入っていたのは缶ビールだった。

「冷蔵庫入れといてくれる。あとで飲むから」

「ちょっとぉ!」

 いくら何でも自由過ぎだ。

 しかも長居する気満々だし。

「ところで家族は今いないの?」

 武富さんはまるで自宅かのようにソファに深く腰掛ける。

 僕は置き場に困った缶ビールを、癪ながらも武富さんの言う通り冷蔵庫に入れる。

「えっ、ああ、はい。両親は共働きで、妹は学校なんで」

「そういえばアオ君妹居るんだっけ? 確か小五だよね?」

「ええ、もう自分よりしっかり者ですよ」

「あははは! 妹がしっかりしてるとお兄ちゃんのメンツは丸つぶれだね」

「あ、あはは」

 その言葉を聞くと耳が痛い。

 図星だからだ。

「いいなぁ、妹」

「武富さんは一人っ子ですか」

「いいや、上に一人と下に二人。全部男だけどね」

 四人兄弟の長女か。

 何かと苦労しそうな立ち位置だな。

 ……いや武富さんならそうでもなさそうだな。

「私もあれくらいの妹が欲しいわぁ」

「武富さんの歳ならあれくらいの娘さんがいてもおかしくな——」

「あ゛?」

「すいません何でもないです」

 殺人鬼のような目つきで睨まれ、本能的にすぐ謝る。

 そ、そういえば武富さんに年齢の話は禁句だったな。

 危うく地雷を踏みぬいてしまうところだった。

「まったく。女性に年齢の話をするなんて、失礼もいいところだよ」

「自分の行動を見直しても同じこと言えますか」

「え? どういうこと?」

 なるほど、無自覚でやっているということか。

「別に、特に意味はないです」

「そっ、——じゃあとりあえずビール取ってくれる?」

「何がとりあえず何ですか。というかまだ冷えてませんよ」

「いいのいいの、ぬるくてもビールはおいしいから。あっ、ついでにおつまみも出して。アオ君のおまかせで」

「……はぁ、わかりました」

 なんたる図々しさ、これは酷い。

 まあそれを受け入れてしまっている僕にも非があるのだけど。

 ——その後、武富さんは持ってきたビールと家にあったポテトチップスを平らげると、三十分ほど僕にダル絡みを続け、そのままソファで眠りこけてしまった。

 ホント、自由過ぎる人だ。


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