第5話
某スタジオの控室にて。
僕は次に控えている朝のニュース番組に番宣としてゲスト出演する準備を着々と進めていた。
スタイリストさんが用意してくれた服を着て、鏡の前で執拗に前髪を確認していた。
なんたって僕にとって初めてのニュース番組だ。
所詮ゲストだから適当に相槌打って、番宣するだけだしさほど重圧を感じるような仕事ではないが、僕にとって演技以外でカメラの前に映るのはこれが初めてなのだ。
さっきから心臓がバクバクだ。
こ、こういう時は深呼吸をして……。
と、僕が精神統一を図っていると、
「うぃ~っす。アオくんおっは~」
上機嫌な様子で若干顔を赤らめた女性が入室してくる。
「……おはようございます」
出番まであと十五分。
この時間で来る人と言えば楽屋挨拶ぐらいだが、彼女は別だ。
「いやぁ~、めんごめんご! でもギリ間に合ったよね?」
「間に合っていませんよ! もう十五分で現場入りなんですよ!」
彼女、武富 楓子(たけとみ ふうこ)は、
僕の〝マネージャー〟だ。
新人の僕にはマネージャーなんて付ける必要はないが、事務所で上の方が「売り出し中のアオト君にはマネージャー付けとくよ。ちょうど一人余ってるし」と軽いノリで専属マネージャーを付けてくれることになった。
……は、良いものの。
正直に言おう。
全く役に立ちません、彼女。
スケジュール確認は曖昧、取ってくる仕事はダイエットcmのアフターの方とか俳優業とは全く関係ない奴ばっかだし、おまけに現場に遅刻してくる有様だ。
ただ遅刻するならまだしも、この人の場合の遅刻理由は、
「いや、昨日一人で宅飲みしてたら爆睡しちゃってさぁ、アハハ!」
「アハハ! じゃ、ないですよ! ってか酒クサいし!」
「ここに来る前にビール三缶空けててさ」
「あんた馬鹿か‼」
思わずため口で暴言を吐く。
「まあまあ落ち着きなって「カチッ、カチッ、……ボッ」」
「ちょいちょい、何ナチュラルにタバコの火付けてるんですか」
「え? だめ?」
「ダメに決まってるでしょ! ここ禁煙ですよ! それに未成年の前ですよ!」
「細かいことは良いじゃぁん」
「あなたは施設のルールを細かいことで済ませるんですか……」
そう、こちらの武富楓子さんは、
とてもダメな人です。
性格はズボラで基本的にだらしのない人。
好きなものはアルコールとニコチン。
嫌いなものは労働。
趣味は競馬、パチンコ、金。
将来の夢は、ヒモ。
何処を取ってもダメな要素しかない。
そうは言っても良いところもある。
マネージャーにしておくには勿体無い程のグラマーボディ、綺麗な顔立ちをしているし、実はちょっと優しい一面もあったりする。
しかし、それを帳消しにするダメさ。
最初彼女がマネージャーとして就任した時、僕は少なからず高揚したが、その高揚はすぐに絶望へと変わった。
黙っていれば……、というタイプの人だ。
どうしてこの人が余っていたのかがこの数週間でよくわかった。
上の方々は僕にマネージャーを付けると言って、ただ厄介払いをしたかっただけなのではないかと本気で疑っている。
「それで、今日の仕事何だっけ? また怪しいサプリのcm?」
「番宣です番宣! ってかまたって何ですか!? 僕一度もそんなcm出たことないですから!」
火のついた煙草を咥えながら、マネージャーとしてあるまじき質問を投げかけてくる。
「あ~、番宣ね番宣。思い出した思い出した」
「はぁ、しっかりしてくださいよ……」
頭が痛い。
今それなりに大事な時期なのに、この人と一緒で大丈夫なのだろうか。
「溜息つくと幸せ逃げるぜ、アオト君」
「誰のせいだと思ってる‼」
この人と一緒に居るとスタミナの消費が激しすぎる。
出演前に喉が潰れそうだ。
と、頭を悩ませていると先ほど武富さんが入ってきた扉から「コンコン」というノック音が聞こえてくる。
「柊さーん。そろそろスタンバイお願いします」
「あっ、はーい」
時計を見るとあと十分で現場入りだ。
まずい。また緊張してきた……。
「……アオ君、緊張してる?」
「………ええ、生まれて初めてのニュース番組ですし」
激しく脈打つ心臓を抑えながら肯定する。
「ふ~ん、そっか」
それに対して、なんとも味気ない返答だった。
「そっか、ってもっと他にないんですか……」
別に何かを期待しているわけではないけど、せめてもう少し優しい言葉を掛けてほしかった。
そう少し落胆気味でいると、
「緊張するなんて当たり前じゃん」
ふ~、と煙草を吹かす。
白い煙が立ち上り、ゆっくりと消えていく。
「初めてのことだったら誰でも緊張するもんさ」
「それは、そうですけど」
「だったら、変に気負うことないじゃん。きっと周りの人もアオ君が初めてで緊張してることはわかってると思うから、それなりにカバーしてくれるって」
「でも、僕のせいで迷惑かけるのは——」
「はい、そういうの禁止」
人差し指で僕の額を軽く突く。
「君は生まれた時点で誰か彼かにはにたくさん迷惑かけてるんだから、今更それが一つや二つ増えたところでどうってことないでしょ?」
「武富さん……」
不覚にも、そう言ってくれる武富さんをカッコイイと思ってしまった。
「ありがとうございます。僕、少し気が楽になった気がします」
「うむ、ならばよろしい」
ニカッと白い歯を見せて彼女は笑って見せる。
なんだかんだで優しい人なんだよな。武富さんって。
僕は扉の前に立ち、武富さんに背を向ける。
彼女に背を押されるのを感じながら。
「プシュ!」
ん? プシュ?
奇怪な音に僕は反射的に振り返る。
「じゃ、私はここで一杯やってるから」
彼女の右手には、缶ビールがあった。
「台無しだぁあああああああああああ‼‼」
(彼女に激しくツッコミを入れたおかげで緊張が和らぎました)
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