ここの世界の人達にとってはそれが『当たり前』なんだよな

この世界において私は<異端>だ。それはもう疑いようもない事実だと思う。価値観も感性も発想も何もかもが違う。そんな私がこの世界で生きていくのは、正気を保つことさえ難しい話じゃないかな。


だけど私は、出逢いに恵まれた。


ネローシェシカに守られ、アウラクレアに励まされ、メロエリータに諭され、辛うじて正気を保つことができた。『この世界は私の生きてきた世界とは違う』という現実を受け止めるだけの余裕を与えてもらえた。


奴隷が人間として扱われない世界だということを。


理由さえあれば子供だって簡単に殺して構わないという考えが当たり前のこととして定着してる世界だということを。


人間を人間として扱わないということは、理由さえあれば人を殺していいということは、翻ってそれが自分にも降りかかってくるのを認めなくちゃいけないという話なんだって、この世界のどれだけの人が覚悟できてるんだろう。


体制側がそういうのを推奨するから、『人を人として扱わない』『理由さえあれば人を殺していい』という発想が常識としてまかり通るんだっていうのに気付くまで、これからまだ数百年を要するんだろうな。


しっかりとした統計が取れてないから概算になるそうだけど、ファルトバウゼン王国でさえ、殺人の件数は、人口比率で言うと平成の日本の実に二十倍に当たるらしい。明らかになってないものを含めたらそれこそ更にその数倍になるかもしれない。


人を騙しただけで家族全員が磔刑に処されるのが分かってるのに、殺人は問答無用で磔刑または絞首刑になるのが分かってるのに、殺すんだ。だって、『理由さえあれば人を殺していい』と思ってるから。体制側がそれを推奨してるから。そして、体制側は『自分達が法律なんだから当然』と思ってて、平民の側は『ばれなきゃいい』って思ってるから。実際、警察機構がまだまだ未熟だから逃げ延びてる例も多いらしい。


『敵は殺す』『ムカついたから殺す』『気に入らないから殺す』『とにかく理由をこじつけて殺す』。それがまかり通る世界なんだ。


しかも貴族や王族の人間が殺人を犯しても、何だかんだで恩赦が出ることが多いのに比べて、平民はカボチャ一つ盗んだだけで絞首刑になることがある。まったくバランス感覚が成立してない。


でもそれも、あくまで私が向こうの世界の人間だったからそう感じるだけで、ここの世界の人達にとってはそれが『当たり前』なんだよな。『殺す理由があるのに殺さないなんておかしい!』って考えてるんだ。


自分や自分の家族を殺されることは嫌がるのに、他人や他人の家族を殺すのは平気なんだ。本当に<些細な理由>で。他人が勝手に自分のことを<敵認定>して殺しに来るかもしれないのに、『敵はとにかく殺すべき』と考えてるんだ。わざわざ他人に<自分を殺しに来ていい理由>を与えてるんだよ。


そして、他人に<自分を殺しに来ていい理由>を与えておきながら、『自分や家族を守る為には殺される前に殺さなきゃ』って考えるんだ。


なんというおぞましいマッチポンプ。


だけど現時点で私一人がそれを訴えても仕方ない。それをおかしいと感じる人が増えてこない限り世の中は変わらない。


それも分かってる。


それでも私はこの世界で生きていかなきゃいけない。自分の命を全うするんだ。


私の周りの人を大切にしながらね。


ただ、今は、無性にアウラクレアに会いたいよ。彼女の柔らかくてあたたかい胸に包まれて癒されたい。


そうして私達は、予定されていたすべてをこなして、ファルトバウゼン王国への帰路に着いたのだった。


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