私にできる範囲でなら利用されてあげてもいいと思うんだ
「おはようございます」
翌朝、宿を出る準備をしている私に、キラカレブレン卿は屈託なく笑顔で挨拶をしてくれた。私もそれに倣って、
「おはようございます」
昨夜のことはなるべく気にしないようにして笑顔で返した。内心ではいろいろ照れくさくて顔から火が出る気分だったけど、それに囚われても仕方ない。
私はあくまで、自分の<仕事>の為にここにいるんだ。そして彼も、<役目>の為にここにいる。私を口説き落とし自分達の派閥に取り込むことがその役目の一つであったとしても、私は私で自分の仕事をするだけだ。
「お前が踏み止まってくれて本当に嬉しいよ」
ブラドフォンセス王国の王都へと向かう馬車の中、メロエリータがそう言って微笑みかけてくれた。
その意図するところをこの後で私も知ることになるんだけど、それでも彼女に対する気持ちは変わらなかった。それはたぶん、彼女が言ったとおり、彼女のことを『信じなかった』からだと思う。
『信じる』というのは、聞こえはいいけどその実、自分の判断や価値観を相手に丸投げして自分で考えることを止めてしまうという負の一面もあると思う。だから私は、彼女をただ考えなしに『信じる』のではなくて、あくまで自分にとっては<他人という異物>である彼女も私の人生の一部であるってことを受け止めることにしたって感じかな。
ぶつかり合うこともあるかもしれない。裏切られたと感じてしまうこともあるかもしれない。だけど、彼女は私とは別の存在なんだから、何もかもが私にとって都合がいい訳じゃないってことを分かった上で彼女が好きなんだ、
彼女が私をただ利用しようとしてるだけでもいい。私に対して普通は隠しておきそうなことさえぶっちゃける彼女がただ好きだから、私にできる範囲でなら利用されてあげてもいいと思うんだ。
それと同じことを、キラカレブレン卿に対しても思える予感は少なからずあった。彼はいい人だ。<裏>があったとしても、それは彼自身が生きているその立場とかに基いて与えられた<役割>だと思う。何もかもを差し出すことはできないけど、彼が必要としてることをちゃんとぶっちゃけてくれるなら、私にできる範囲なら応えてあげてもいいと思う。そう思える人になりそうな予感がある。
彼が私を試そうとするなら、今回の道程は、私にとっても彼を試す絶好の機会だろう。
私は綺麗事だけでは動かない人間だ。だからこそ腹積もりがあるならそれを提示してほしい。その中で応じられる部分は応じてもいい。
そういう覚悟もなく人を動かすことなんてできない筈だからね。
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