自分がそうしたいからやってるだけだよ、カリン

ここでの慣習に倣い奴隷達とはある程度距離を置きながらも、私は可能な限り彼女達と話をすることにしてた。


「何か辛いことはない?」


「……」


仕事が終わった後、彼女達の家のリビングに全員を集めてそう訊いてみる。でもみんな、視線を逸らして何も言わない。迂闊なことを言うとどんな目に遭うか分からないというのが染みついてるんだろうな。もう九ヶ月も私の下で働いてるのにこれだから、どれだけ骨身に染みて思い知らされてきたのかが分かるというものだ。


でも、その中でリレだけが躊躇いながらも言ってくれる。


「…私達は、カリン様に拾われて幸せです……辛いなんてそんなこと一度も思ったことがありません……」


おどおどとした感じで、でも勇気を振り絞ってそう言ってるのが感じられて、私は胸が締め付けられるような気がした。『幸せです』って言ってもらえるのは嬉しいけど、体裁だけとは言え奴隷扱いされてることを幸せだと思ってしまうことが切なかった。


溝と言うか壁と言うか、彼女達との間にはとても深くて高い何かがあるんだなと改めて思い知らされる。


本当は抱き締めてあげたかった。頭を撫でて「ありがとう」って言ってあげたかった。だけどここでそれをすると余計な反発を招きかねない。私が白い目で見られるのはまだよくても、彼女達が『調子に乗るな!』みたいな感じで責められる危険性もある。微妙なバランスで成り立ってるアウラクレアとの関係も拗れかねない。


辛いなあ……これも一種の板挟みかな。


アウラクレアも奴隷達のことは大事にしようとしてくれてるんだ。あくまで奴隷としてだけど。牛や馬に過剰に入れ込んでると奇異に見えるような感じで、私が奴隷に入れ込もうとしすぎるのは受け入れ難いみたい。


そういうことを理解しようとせずに『奴隷だって人間だ!』って騒ぐと、逆に彼女だって受け入れる訳にはいかなくなると思う。私の価値観を一方的に押し付ける訳にはいかないんだ。彼女も、この世界に寄る辺ない私にとっては大切な家族だし。


家に戻ってアウラクレアやメロエリータと一緒に夕食にする。


「クレア……本当にありがとう。あなたには感謝してる」


「やだ、どうしたのよ急に」


彼女の作ってくれた料理を口にして本音を吐露したら、アウラクレアが照れたみたいにそう言った。そして続けて言ったんだ。


「あなたがしようとしてることはとても大変なことだと思う。そして立派なことだと思う。あなたには、私には見えてないものが見えてるんだろうなって感じる。私は、あなたに見えてるものが見えるようになりたいだけ。


私も、自分がそうしたいからやってるだけだよ、カリン」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る